婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 十年間この日をずっと待ち望んでいたのに、今更菜花を手離すなんてできるはずがない。
 だけど菜花は違ったのだろうか。

 本当はもう他に好きな男がいるのだろうか?
 そう思った瞬間、自分でも感じたことのない程ジリジリと胸を焦がす思いがした。


「恋愛したいって、他に好きな男がいるの?」
「それは……」
「っ、いるの!?」
「い、今はいないけど……っ」
「今は? 前はいたってこと?」
「……」


 黙り込む菜花、つまりは肯定ということだ。


「……いたんだ。その格好も……」


 そのワンピースもヘアスタイルも、本当は誰か別の男のためだったとしたら?
 誰かはわからない謎の男が憎らしくて仕方ない。

 初めて紅真の心に焼き付いた嫉妬という感情は、あまりにも厄介だった。
 自分でもこの感情をどう処理すればいいのかわからない程だった。

 頭で考えるより体が動いていた。
 勝手に腕が伸びていて、菜花の華奢な体を腕の中に閉じ込めていた。


「やっと言えると思ったのに」
「紅真くん……?」
「僕は菜花じゃないと嫌だ」


 自然と抱きしめる力を強めてしまう。
 誰にも菜花を渡したくない。結婚なんて、菜花以外では考えられない。
 菜花じゃないとダメなのだ。

 十年も想い続けたのに、他の男には絶対に譲りたくない。


「菜花……っ」
「……っ、紅真くんは私に興味なんかないじゃない!」
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