婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
蘭が見たらまた重いとげんなりされるのだろう。
「それでも、菜花じゃないとダメなんだ……」
菜花が大学を卒業する時、両家の親からそろそろ入籍したらどうだと言われた。
それは暗に「入籍しろ」と言われているのと同義だし、紅真もそのつもりでいた。
菜花の大学卒業と同時の結婚を見据えて準備していたつもりだったのだ。
だが、菜花は「就職したい」と申し出た。結婚の前に社会人経験を積みたいのだという。
その時、菜花にもやりたいことがあるのだということを初めて知った。
(僕が守らなきゃいけないと思っていたけど、菜花だって大人だ。自立したいと思うのは当然だな)
菜花は昔から良家の次女として恵まれた環境に生まれながら、自分にできることは自分でやりたいという芯の強さを持っていた。
長女の紫陽は典型的なお嬢様気質だという風に見受けられたが、菜花は決して甘えない。
そんなところも好きだった。
就職先が赤瀬花きだったことには驚いたが、きっと菜花には菜花の考えがあるのだと思った。
仕事を頑張っているのはわかっているつもりだったし、一生懸命な菜花も好きだ。
結婚しても仕事を続けていきたいと思っているのなら、応援したい。
ずっとそう思っていたはずなのに、今は会社に行かないで欲しいと思っている自分がいる。
赤瀬耀司と同じ職場にいることが嫌だし、他にも菜花に好意を寄せる男がいるのかもしれない。
そう考えるだけで嫉妬でおかしくなりそうになる。
こんな考えではまた菜花を傷付けてしまうとわかっていながら、一度燃え上がった独占欲はなかなか鎮火してくれそうにない。
溜息をつく紅真のスマホがブブッと震えながら光った。
菜花からのメッセージを受信した通知音だった。