婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
藤夫がそう言い出す時はロクなことがない。
菜花は内心溜息をつきたかったが、口を挟まなかった。
菜花とは対象的に二歳上の姉・紫陽はのんびりとした口調で尋ねる。
「あらパパ、どんないいことなの?」
「よく聞いたな、紫陽。実は千寿流華道家元の息子さんとの婚約が決まったんだよ!」
婚約と聞いて菜花は眉を顰めたが、ひとまず父の話を最後まで聞くことにした。
「家元の息子さんは今十八歳でね、紫陽と同い年なんだ」
それを聞いて安心した。ならばこの縁談は自分ではなく、姉のためのものだろうと思ったからだ。
父によれば千寿華道会は由緒ある華道の名門であり、家柄は申し分ない。更に次期家元は高校生にして天才華道家と謳われているらしく、将来有望なのだそうだ。
姉の紫陽は身内の贔屓目を置いても美人だし、昔から蝶よ花よと大切にされてきた。
紫陽にとっても悪くない話だろう。菜花は他人事のように考えていた。
しかし、
「あら、私結婚はしないわよ?」
おっとりのんびりした口調だが、紫陽はきっぱりと拒否した。
「だって、私彼氏いるんだもの」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
寝耳に水の話に家族全員同じ反応をしてしまった。
それまでニコニコ話を聞いていた母の都も驚いた表情に変わり、紫陽の顔を凝視する。
紫陽は至ってマイペースに続けた。
「だからぁ、菜花どう〜?」
「えっ!?」