婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
菜花が出勤した直後に出社してきたのは、赤瀬だった。
「なんだ、何かあったのか?」
「おはようございます! いえ、特に何もないんですけど、何だか早くに目覚めてしまって……それで早めに出てきただけです」
「そうか」
「部長も早いですね」
「俺はいつもこれくらいの時間なんだ」
「そうなんですか」
何となく赤瀬と話すのが気まずい。
昨日紅真は赤瀬と一緒にいたところを見て、赤瀬が菜花に気があるんじゃないかと言っていた。
(部長が私のことをなんて、あるわけないのに……部長は誰にでも優しいし)
上司として気遣ってくれているだけなのに、紅真があんな勘違いをするとは思わなかった。
思い返してみると、あれは嫉妬していたということなのだろうか。
(まさか、ね……)
嫉妬だなんて、紅真に一番似合わない言葉だ。
幼い頃から天才と謳われた紅真は、昔から嫉妬を向けられることは多々あったと蘭から聞いている。
だが周囲に惑わされず、常に自分の花を追求していたのだそうだ。
「兄さんは他人に興味がなさすぎるだけなんだけどね」と蘭は苦笑していたが、菜花は紅真のそういうところもカッコいいと思っていた。
だからそんな紅真が嫉妬だなんて、少し信じられない。
コトン、と目の前に缶コーヒーを置かれた。
驚いて見上げると、赤瀬が柔らかく微笑む。
「早朝出勤のサービスだ」
「いいんですか? 昨日も奢っていただいているのに」
「他のやつらには秘密な」
「ありがとうございます」