婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 これは肯定と同義なのではないかと思い、失礼ながらワクワクしてしまった。
 菜花だからワクワクしているが、他の社員が聞けば頭を抱えて悲鳴を上げているところだろう。


「部長に想われる女性は幸せですね。羨ましい」
「……羨ましいのか?」
「そりゃそうですよ」


 この人に想われて羨ましくない女性はいないはずだ。
 好きな人に想われることがどんなに幸せか。

 紅真の顔が脳裏に過ぎり、こんな時でも紅真のことを思い出してしまう自分に呆れる。


「……春海、もしかして何かあったのか?」
「え?」
「目が少し赤い」


 誤魔化せなかったか、と肩をすくめる。


「わかっちゃいますか? 顔を合わせるのが気まずくて朝早くに来たんです。笑っちゃいますよね」
「笑わない」


 へらりと笑った菜花に対し、赤瀬は真顔だった。


「春海がいつも一生懸命なことは知ってる」
「部長……」
「俺なら、そんな顔させないのにな」


 それは一体どういう意味なのだろう?
 聞き返す前に会話が途切れた。課長が出勤してきたからだ。
 課長は出勤して早々、赤瀬に話があると言って二人で出て行ってしまった。


(部長にあんなこと言われるなんて思ってなかった)


 きっと赤瀬は励ましてくれているのだ。
 赤瀬は優しく気さくに話してくれるが、本来あんな風に話せる相手ではない。

 改めて赤瀬の懐の深さに敬服するしかなかった。


「よし、今日も一日頑張ろう」


 菜花はコーヒーを飲み干して再びPCに向かう。
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