婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 菜花は一度自室に行って着替えてからリビングに降りた。
 紅真はソファに座りながら、ローテーブルに置ける小さな瓶にフリージアを生けていた。


「フリージア? かわいいね」
「うん、ジャムの空き瓶を使ったらかわいいかなと思って」
「すごくかわいい」


 菜花は初めて会った時、ガーベラを湯呑に生けていたことを思い出す。
 日常の何気ないものでも綺麗に生けてしまう紅真は、やっぱりすごいなぁと思った。


「祖母が言っていたんだ。瓶でもグラスでも何でも好きに花を生けてみたらいいって」
「おばあさまって先代の家元なんだよね?」
「うん、僕が華道にハマったのは祖母がきっかけなんだ。実はかなりおばあちゃんっ子だった」


 その辺りのことは何となく蘭から聞いたことがある。
 紅真と蘭に華道を教えたのは、先代の家元である二人の祖母だったと。


「祖母は、花は人々の心に想いを咲かせると言っていた」
「想い?」
「初めて祖母が生けた花を見た時とても感動して、僕もこんな風に花を生けてみたいと思った。こんな風に心動かされたのは、祖母の言う想いを咲かせるってことなんじゃないかと思ったんだ」
「すごく素敵だね」


 菜花は紅真の隣に座って彼を見つめる。
 こんな風に昔話を聞くのが初めてだったから嬉しく、もっと聞きたいと思った。

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