婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


「だけど祖母が亡くなり父が家元を継ぎ、僕が次の家元に任命されると周りの見る目が変わった。次期家元に相応しい作品を、ってそればかり求められるようになったんだ。それが僕には息苦しくて、段々何故自分が花を生けているのかわからなくなっていった」


 紅真にそんな時期があったなんて知らなかった。
 菜花は黙って紅真の話を聞く。


「自分らしさを見失っていた時、菜花に出会った。あの時の料亭の生け花、覚えてる?」
「もちろん。すごく綺麗で感動したよ」
「でもね、僕にとっては迷走していた中の作品だったんだ。全然良いとは思えなかったのに、菜花がすごく綺麗だって言ってくれて驚いた」
「だって、本当に綺麗だと思ったから」
「うん、すごく嬉しかった。その後菜花のために花を生けようと思ったら、するするアイデアが浮かんだ。菜の花を絶対主役にしようって決めて、久々に生け花が楽しいって思えたんだよ」


 そう言うと紅真は菜花の目を見て、優しく微笑んだ。


「菜花の笑顔を想像したら、すごく楽しかった」
「紅真くん……」
「僕の贈った花を見て、涙する程感激してくれてもっと嬉しかった。その時思ったんだ、この子のためだけに花を生けたいって」
「……っ!」


 あの時、紅真の反応は薄かったように感じていた。
 そんな風に思っていてくれたことなんて初耳だった。


「好きだよ」


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