婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
「兄さん!」
紅真はメイン展示場となる大広間にいた。
周りには沢山の関係者がいて、何やら熱心に相談しているようだ。
呼ばれた紅真は菜花の姿を捉えると、一直線にこちらへ向かってきた。
「菜花! 来てくれたの?」
「紅真くん、お疲れ様。突然ごめんね」
「準備中に来てくれるなんて初めてだね」
「皆さんに差し入れをしようと思って」
「そうなんだ。わざわざありがとう」
紅真は黒のカッターシャツにジーンズという動きやすい格好をしている。
かなり動き回っていたのか額に汗が滲んでいる。
菜花はハンカチを取り出し、ポンポンと額の汗を拭った。
頑張っている証拠なんだなぁと思いながら。
「ありがとう」
「ううん」
「ちょっと〜、私もいるのに目の前でイチャイチャしないでくれる?」
「そんなつもりじゃないよ……!」
蘭に言われてこの場にいるのは自分たちだけではなかったと思い、恥ずかしくなって俯いてしまう。
「紅真先生、そちらの方は?」
先程まで紅真と話していた人たちがチラチラと菜花を見ながら尋ねる。
紅真は自然な流れで菜花の肩を抱き寄せて答えた。
「僕の婚約者です」
紅真が公の場で婚約者を紹介するのは初めてだったので、周囲にいた人物が騒つくのはもちろん、菜花もとても驚いた。
今まではっきりと紹介されたことなどなかった。
「あ……春海菜花と申しますっ」
慌てて菜花も自己紹介して頭を下げる。