婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
「はるみって……もしかして、春海グループの?」
「は、はい。父は春海グループの総帥です」
「なんと! 春海総帥のお嬢様でしたか! なんと美しくご立派な……!」
「流石は紅真先生、千寿流に相応しい素晴らしいお嬢様を迎えられたのですね!」
口々に菜花を褒めてはいるけれど、褒められた気はしなかった。
それでも「ありがとうございます」と愛想笑いを浮かべる。
昔からそうだ、人は皆春海グループの娘という肩書きを大事にする。
千寿流の妻に求められるのは申し分ない家柄と財力なのだ。
自分など春海グループの娘でなかったら、無価値だと思われていただろうし、そもそも紅真の婚約者になることもなかった。
「違います、僕は彼女が春海の娘だから選んだわけではありません」
紅真はよく通る声ではっきりと否定した。
「彼女だから、一緒になりたいと思いました」
「紅真くん……」
思わず胸がきゅうっとなって、熱くなった。
その横で蘭はニヤニヤしながら二人を見ている。
紅真の整然たる態度に気圧された者たちは、「これは失礼しました」と気まずそうに謝罪しながらそそくさと立ち去って行った。
「やるわね、兄さん」
「蘭、ここ任せていい?」
「仕方ないわね〜。いいわよ」
「ありがとう。行こう、菜花」
紅真は菜花の手を引き、大広間から出て行った。