婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
甘さを孕んだ低い声で囁かれ、心臓が飛び跳ねる。
初めての夜以来、もう何度も肌を重ねている。
日に日に甘く激しく菜花を求める紅真に身も心も溶かされ切っている。
紅真の“雄”の部分にはまだ慣れない。
優雅で美麗な紅真しか知らなかった菜花は、色気たっぷりに迫られる度に狂ったようなリズムで鼓動する。
熱った頬を冷ましてから控室を出た。
さっきの大広間まで戻ると、真剣な眼差しで花を生ける紅真の姿があった。
つい数分前までは甘えた猫のようだったのに、普段のクールな紅真に戻っている。作品のメインとなる百合の花を生けているところのようだ。
紅真の指先から紡がれる花々は、瑞々しく優雅で趣がある。
そして心に語りかけてくるような温かさも感じる。
(頑張ってね、紅真くん)
心の中でエールを送り、菜花はそっと大広間を後にした。
人の合間を縫って帰る途中、通りすがりにポトリと赤い花がこぼれ落ちた。
ヒガンバナだった。
目の前にはヒガンバナを抱えた着物姿の女性が歩いている。
どうやら彼女が落としたようだ。
「あの、落とされましたよ」
菜花はヒガンバナを拾って彼女に声をかけた。
ゆっくりと振り返ったその女性は、真っ赤な紅が印象的なかなりの美女だった。
栗色のふわふわのボブヘア、ぱっちりとした大きな瞳はやや垂れ目気味。
真っ赤な着物がよく似合っており、彼女自身が華やかさと儚さを兼ね備えたヒガンバナのようだった。