冷徹騎士団長が媚薬を盛られて大変なことになった話
「マクリーンさま」


 呼びかけて、顔を上げた彼のはだけた肩口に、がぶりと噛みついた。

 ラディウスが、驚いた様子で硬直する。
 目論見通り動きを止めることができたユリハは、しっかり目の前の人物と視線を合わせた。


「これ以上はだめ、です。あなたは患者で、今は媚薬のせいで興奮しているだけですわ。安静に、ね?」
「…………」
「お願い、マクリーンさま」


 毅然と言ったつもりだったけれど、思いのほか懇願するような響きになってしまった。睨んだつもりが、きっと涙目だし。

 しかし、彼の動きは止まった。ユリハを見つめて止まったまま、ぐぐっと眉間のシワが深くなって……それから、うなだれるようにユリハの肩口に頭を落とした。


「……わかった」


 地を這うようなひび割れた声が、すぐそばから聞こえる。ユリハはホッとして、無意識にそこにある銀髪を撫でた。


「いいこですね」
「……きみは……本当に……」


 呆れたような、絶望したような、何かを必死に堪えているような声音で呻かれ、ユリハは小首をかしげる。

 とりあえず、心臓に悪いから早く離れて欲しい。


「覚えてろよ、ユリハ・キャンベル嬢」


 向かい合ってベッドに座り、意外なほどしっかりとした手つきでユリハの制服のボタンをとめてくれながら、ラディウスが言う。

 なぜ、こんなことを言われなければいけないのか。訳がわからず疑問符を浮かべるユリハに、彼は疲れた様子でため息を吐く。


「……申し訳なかった。恋仲でもない相手に、していいことではなかった」


 ベッドを下りた彼女へ、真摯な眼差しでラディウスは謝罪した。

 ユリハは、努めて冷静を装いながらそんな彼を見返す。


「いえ、薬のせいですから。マクリーンさまはお気になさらず」
「次はちゃんと、正しい手順を踏んで触れることにする」
「…………んん?」


 思いもよらない宣言をされ、困惑するユリハ。

 そんな彼女の、服では隠しきれない位置に残った首筋の赤い痕のひとつを、ラディウスの少しかさついた指先がなぞる。


「とりあえず、この痕が消えないうちに花束を持ってきみに愛を乞うところから始めようと思うんだが、好きな花はあるか?」
「え……っえ? え?」


 リンゴのように真っ赤になったユリハを見たラディウスが、それはそれは楽しそうに笑った。






/END
→おまけ
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