【改訂版】積年愛に囚われて〜兄的幼馴染は想いを秘め続けていた〜
 諒の最後の方の言葉が冗談めいていたのは、きっと私の気持ちを和らげようとしてのことだろう。
 傷の手当が終わり、私はようやく全身の緊張を解いた。

「これくらいですんで、本当に良かった。諒ちゃんが刺されたって思った時……」

 その時のことが改めて思い出されて、涙が浮かんでくる。

「寿命がものすごく縮んだんだからね。目の前が真っ暗になりかけたんだよ」
「だけど瑞月は無事だった。あと何秒か遅かったらと思うと……。刺されたのがお前でなくて本当によかった」

 深々と息を吐き出しながら、諒は私に向かって腕を広げた。
 私は素直にその腕の中に体を預けた。諒の規則正しい心音を耳にして安堵する。

「警察、どうして呼ばなかったの?」
「ん、なんていうか……。一歩間違ってたら俺もこうなってたかも、って思ってしまってさ」
「え?」
「俺は瑞月が振り向いてくれたから、例えばお前の元カレに危害を与えなくてすんだ。そう思ったら、ついあの人に同情してしまった。そんな感情、彼女にしてみれば有難迷惑だろうけどな」

 適当な言葉が見当たらず、私は短く相槌だけを打つ。

「そう……」

 諒にぎゅっと抱きつき、確かめるように、また自身に言い聞かせるように言った。

「これで本当に、もう心配いらないんだよね。終わったんだよね」
「あぁ。終わった。だからって、ここに戻るなんて言わないでくれよ。この前も言ったけど、お前が隣で寝ていない夜なんて、もう考えられないんだから」
「でも、引っ越しするなら色々と荷物をまとめたりしないといけないから、何日か戻らないと……」
「もちろん分かってるけど、お前と離れていたくないんだ。だから引っ越す日、早く決めよう。俺の休みなんか待たずに、瑞月の都合でいいからさ」
「分かった。これからだとやっぱり、早くて一月、遅くて二月ってところかな」
「一番早い日程で決めてくれ。……さて、瑞月」

 諒が私の手を取る。

「そろそろ帰ろうか。俺の、いや、俺たちの部屋へ」

 私は微笑み、彼の温かなその手をきゅっと握りしめて立ち上がった。
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