積年愛に囚われて〜兄的幼馴染は秘め続けていた想いを開放したい〜
その頃の俺は、職場のとある女性からじっとりと絡みつくような熱視線を送られていた時期だった。その昔俺に付きまとっていた、積極的で猪突猛進型の女性とは真逆のタイプだ。その時はまだ物理的な被害はなかったが、瑞月に対していい口実ができたと思った。

恋人の役をやってくれないか――。

そう言う俺に、瑞月は呆れ、拒否した。

当然の反応だ。

本当はそんな回りくどいことなどせず、正直に真っすぐに気持ちをぶつければ良かったのだと思う。

けれど瑞月は抱かれた後もまだ、俺のことを『お兄ちゃんみたいな人だ』などと言った。

それを聞いた俺は、今告白したとしても、あっという間に玉砕する可能性の方が高いと思った。そんな恐ろしい答えを受け止められる余裕も自信もない。心の準備をする時間が必要だったし、彼女を諦める決心もつかない。だからと言って、瑞月の体を人質にするようなやり方で強引に恋人役を引き受けさせてしまったのは、我ながら卑怯だったと反省している。

翌朝になって、瑞月は慌ただしく、そして俺から逃げるように玄関へ向かった。

靴を履いている華奢な後ろ姿を見ながら、引き留めたくなった。昨夜は送って行くと言ったけれど、瑞月の傍にいればいるほど、もっともっと、と彼女を求めてしまいそうだった。だから、部屋まで送るのはよそうと考えた。

瑞月は俺から顔を背けながらドアに手をかけた。

見送りの言葉を言おうとして、俺ははっとした。瑞月の耳がそれと分かるくらいに赤く染まっていたのだ。

その意味はもしかして――。

甘い期待が浮かんだ。今すぐ抱き締めたいと思った。しかしそんなことをすれば瑞月の心が逃げてしまいそうで、俺は気持ちを抑えて微笑んだ。

「またな。連絡する」

瑞月はぷいっと顔を背けた。その様子につきんと胸が痛んだ。けれど無言で出て行く瑞月の横顔を目にした時、諦めるのは本当にまだ早いかもしれないと思った。なぜなら、彼女の横顔が拗ねているようにも見えたからだ。
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