積年愛に囚われて〜兄的幼馴染は秘め続けていた想いを開放したい〜
「あなた、派遣の……」

そこには、無断欠勤中であるはずの幸恵が立っていた。

「鈴木さん、あなたずっと無断欠勤していたそうですね。今、あなたの派遣会社の方が……」

しかし幸恵は私の言葉など聞いていない。

「こっちへ来て」

「え、ちょっと、何ですか。私、忙しいんですが」

「いいから、来てよ!」

幸恵は苛立ちも露わに、私の腕をぐいっとつかんだ。それから非常階段の方へ向かって、力任せに引っ張って行く。

私自身はそう非力でもないと思っていたけれど、どこにそんな力があるのかと思うくらい幸恵の力は強く、それにかなわない。

前を見据えるようにして歩く幸恵に私は言った。

「離して下さい。ねぇ、鈴木さん、あなた、無断欠勤だなんて、周りに迷惑かけてるってこと、分かっているんですか。営業部にはもう顔を出したんですか?」

幸恵は非常階段の踊り場にたどり着くと、ようやく足を止めて、私から手を離した。それからくるりと向きを変えて手すりにもたれると、私に恨みがましいようなジトっとした目を向けた。

「大原さんは幸せそうでいいですよね」

私は眉をひそめた。

「そう見えるのなら良かったです。特に話がないのなら、私はこれで」

早くお茶の準備をしなくては――。

そう思いながら踵を返そうとした私に、幸恵は言った。

「私、切迫流産で入院していたんですよ」

「え……?」

思いもよらなかった彼女の言葉に、私は思わず足を止めて振り返った。
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