積年愛に囚われて〜兄的幼馴染は秘め続けていた想いを開放したい〜
「曖昧な言い方だね……。まさか、突き落とされたわけじゃないよね。そうだとしたら、警察に」

「それは違う、かな。急に手を引っ張られて、私がバランスを崩して階段から落ちたから……」

「嘘、言っていない?」

「本当だよ。そこまでの記憶はちゃんとあるから」

ここが個室だと気がついて、支払いが高そうだとつい心配してしまったほどだ。問題なく、頭は回転し始めている。

その時ドアをノックする音がした。

「先生かな」

ガラリと扉が開いて、年配の医師が看護師と一緒に入ってきた。

「気分はどうですか?」

穏やかな声で訊ねられて、私は横になったまま答える。

「はい、体中が所々痛いですけど、なんとか……」

「ちょっと失礼しますね」

先生は私の目の前でライトを揺らしてみたり、瞳の奥を覗き込んだりする。

「今、頭痛だとか吐き気だとかはありますか?」

「いえ、特には……」

「そうですか。頭を打ったそうでね、何時間か意識をなくしてたみたいで。脳のCT検査の結果では特に異常は見られませんでしたから、今のところは問題ないと思います。ただね、後から何らかの症状が出てくる場合もありますから、少なくとも明日一日は入院して様子を見ましょう。ただ、整形の医師も後で説明に来るはずですけど、それによってはもう少し伸びるかもしれません。その時にまたお話聞いてくださいね」

「はい、分かりました」

「手続き上の細かいことは看護師から説明ありますから。それじゃあ、安静にしていてくださいね。お大事に」

横になったまま先生の後ろ姿を見送ると、看護師が栞に書類を渡して言った。

「こちら、入院手続きの書類です。書いたら一階の事務手続きの窓口に提出お願いします」

「分かりました」
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