積年愛に囚われて〜兄的幼馴染は秘め続けていた想いを開放したい〜
受診の前には、毎回診療科の受付で問診票と診察券を出した。その後は、受付前に置かれた長椅子で順番を待つ。

その間なんとなく眺めていた受付では、紺色の事務服の女性がパソコン端末を前に何かを確認する様子が見られた。例えば、その作業が保険証の内容などのデータチェックだったとすれば、彼女がその時に私の住所を手に入れた可能性はなくはない。

ただ、例えナースたちの噂から諒に恋人がいることを知ったとしても、それが私であるといつ気づいたのだろう。

それを言うと、諒は少し考えてからぼそっと言った。

「あの時じゃないか」

「あの時?」

「お前を診察中に、彼女がカルテを持って入ってきた時だよ。瑞月、俺のことをいつも通りに呼んでしまっただろ」

「そう言えばそんなことも……」

私はぼんやりと思い出した。

診察室は処置室と繋がっていて、カーテン一枚で仕切られている。看護師が常に張り付いている状態というわけではないらしく、その時私は諒と二人だった。

問診や触診が終わり「もう大丈夫だな」という諒の言葉を聞いた瞬間、私はつい普段通りの口調で言ってしまったのだ。「諒ちゃん、ありがとう」と。受付にいたはずの女性が入って来たのはちょうどその時だった。

「でも、あれだけで?」

諒は頭をかくような仕草をしながら苦い顔をした。

「俺も診察中だっていうのに、つい親しい口調で話してしまっていたからな。少なくとも親しい間柄だとは思っただろうな。そのことと例の噂とが結びついて、通院履歴からも察した、って感じかな。それともその逆か。噂を聞いていたから通院歴を見て察して、瑞月が気になって診察室に入って来たか……」
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