積年愛に囚われて〜兄的幼馴染は秘め続けていた想いを開放したい〜
先輩の反応は、意外にもさらっとしたものだった。

「よかったじゃない。でもいつの間にそんな出会いがあったの」

「ま、色んな関係の中で、というか……」

「ふぅん。でもさ、例の人、ショック受けてそうだね」

「そうですかね。そんなこともないんじゃないですか」

「いやいやいや。あぁいうさ、大人しくて真面目そうな人って、思い詰めると怖そうじゃない。気を付けた方がいいよ。最近もまた、久保田先生のこと、周りに色々と訊いたりしてたらしいよ」

「そうなんですか。分かりました、気を付けます」

告白されて断ったことや、それらしいことがすでに起こっていることは黙っておく。

「おっと、僕はもう行くよ。午後も診察が立て込んでるんだ。じゃあね」

「はい、お疲れ様です」

先輩は食べて喋って慌ただしく席を立って行った。

その後ろ姿を見送って、俺は腕時計を見た。自分もそろそろ行かないと、と思い、最後のから揚げを口の中に放り込む。小さめだったから一口だ。

瑞月が作る唐揚げ、うまいんだよな――。

そんなことを思いながら、もぐもぐと噛み砕きごくんと飲み込む。

気が向いた時でいいから、今度弁当を作ってほしいと瑞月に頼んでみようか。いいよと言ってくれるか、それとも面倒だと断られるかな。

瑞月の顔を思い浮かべるとつい口元が緩んでしまうが、今は休憩中だし許されるだろう。

残っていたお茶を飲み干し、席を立とうとした時だ。すっと周りの空気が動いた。誰かが後ろを通ったのかと思い、何気なく周りに目をやった。

俺のすぐ隣の席に、例の受付事務の女性が昼食を乗せたトレイを持って立っていた。

「先生もお昼だったんですね。お疲れ様です。お隣よろしいですか?」

「お疲れ様です。私は今ちょうど終わった所なので失礼します。ごゆっくり」

彼女が怪文書の差出人かもしれないとの疑念があるから、作り笑いも強張る。さっさと退散しようと立ち上がりかけたところに彼女が言った。

「先生、あの」
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