積年愛に囚われて〜兄的幼馴染は秘め続けていた想いを開放したい〜
幸恵と呼ばれた女性が声を震わせたのが分かった。

「待って、お願い。やっぱり、多田さんのことが好きなの。お願い、大原さんと別れてください」

ヒールの音なのか、コツっと固い音が静かに響く。

「それはできない。俺のことは諦めてくれ」

「いやよ。だって、私のことあんなにも抱いてくれたのに……。ひどすぎるわ」

「あれは、君が誘ってきたから、つい……。魔が差したんだ。それに君だって、もともとは遊びのはずだったんだろう」

「最初はそうだったけど……。でも、本当に好きになってしまったんです。それに多田さんだって、あの後も何回かあなたの方から誘って来たじゃありませんか。私のことを好きだと思ったからでしょ?」

「それは……本当に申し訳ないと思ってる。だけど、俺は君を選べない。これ以上、彼女を裏切り続けることはできないし、もうしないって決めたんだ。だから二度とプライベートで君とは会わない。君も俺のことなんかさっさと忘れて、君だけを本当に好きになってくれる人を探した方がいい。――もう行くよ。君も早く仕事に戻って」

「待って……」

切羽詰まったような声がしたと思った次の瞬間、布と布とがこすれ合うような音がした。さらにその後に続いて聞こえてきたのは、リップ音とくぐもったような声。

何、してるの……。

全身ががくがくと震え出す。それを抑え込もうとして、私は両手で自分の体を抱き締めた。
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