不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
 彼は事務所横の駐車場に停めてあった車に乗り込もうとしていた。
 近づいた私に気づいて、目で乗れと合図する。

「どこに行くんですか?」
「行ったらわかる」

 私がシートベルトを締めたのを見て、発進させた。
 すぐ着くと言ったわりに三十分ほど車を走らせて、着いたのは緑あふれる前庭のある建物だった。看板を見ると、老人ホームのようだ。
 車を降りた黒瀬さんはちょうど通りかかった従業員らしき人とにこやかに挨拶を交わした。

「あら、黒瀬さん、また来てくれたんですね」
「また来ました。お邪魔します」
「皆さん、大歓迎だわ。ごゆっくり」

 どうやら何度もここに来ているらしい。
 建物を見ると、黒瀬さんの設計したものに見えた。
 案の定、彼は言う。

「ここは駆け出しのころ、俺が設計したものなんだ」
 
 自分のすばらしい設計を見せつけるつもりかと私は小さく溜め息をついた。
 今日は快晴だったので、庭には高齢者の方たちが出てきていて、散策したり、車椅子で移動したりしていた。

「こっちに来てくれ」

 黒瀬さんが向かったのは庭に高台が作ってあるエリアだった。
 散歩コース用の道もある。

「黒瀬さん、こんにちは」
「諒ちゃんじゃない。また反省に来たの?」
「今日は可愛い子を連れてきたのね。妬けるわ~」
 
 おばあさんたちがわらわらと寄ってきた。
 みんな親しげに黒瀬さんに声をかける。

「ばあちゃんたちも元気そうでよかったな」

 明るく笑って、彼は答えた。
 黒瀬さんって、おばあさんにもモテるのねとひそかにおかしくなる。
 根本的に女たらしなのかもしれない。
< 11 / 37 >

この作品をシェア

pagetop