不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
「ん? 反省ってなんですか?」

 ひとりのおばあさんの言葉に引っかかりを覚えて、聞いてみる。
 黒瀬さんは苦笑して、顎で目の前の道を指した。

「この道はな、勾配が四度なんだ」

 ゆるやかに上がっていっている道を見る。私が設計していたのと同じ割石も貼ってあって、洒落ている。
 やっぱりなにも問題があるようには見えない。
 なにが言いたいのかわからず、彼を振り返ると、黒瀬さんが口を開く前に、車椅子のおばあさんが動き出した。

「なるほど、今日はこの子に見せに来たのね」

 すいすいと車椅子を操作して、小道の入口に来たおばあさんは手に力を込めて登り始めた。それは先ほどまでと違って、明らかに大変そうだ。しかも、割石のかすかな段差を乗り越えるのに苦労していた。
 元気なおばあさんでこれなら、力の弱い人だったらもっと登るのが困難だろう。

「車椅子を押してみないか?」

 黒瀬さんが言ってきた。その声が聞こえたようで、おばあさんは停まった。
 私たちは小道を登り、おばあさんの後ろへ来た。

「押していいですか?」
「もちろんよ。助かるわ」

 初めて車椅子を触る私はこわごわとグリップを握った。
 動かしますよと声をかけてから、押してみた。思ったより重いうえに、段差の振動が伝わる。
 細かい引っかかりが押しにくい。
 小道は途中で右に折れていた。
 そこからは割石ではなく、コンクリートの刷毛引き仕上げになっていた。急に押すのが楽になる。

「ここから勾配が1/15になっている。ぜんぜん違うだろ?」

 悔しいけれど、私は素直にうなずいた。
 たかが0.2度の違いと言ったことを反省した。段差だって、十ミリ以下でもこんなにがたついて、引っかかるとは思わなかった。

「あ、反省……?」
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