不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
 図面ができて、それを巻いてケースに入れた私は、ひさしぶりに昂建設計の事務所に顔を出した。
 白い壁に白い机が並ぶここは、コク建築設計事務所と違って、無機質に見えた。
 前はそんなこと感じたこともなかったのに。
 私は自分の机にカバンを置くと、山田主任のところへ図面を持っていく。
 そこには強度計算担当の相沢さんもいて、深刻な顔で話していた。

「お疲れ様です。図面を持ってきました」

 声をかけた私を見て、山田主任が後ろめたそうな顔をした。ずいぶん顔色が悪い。
 嫌な予感がした。

「あー、有本さん、悪い……」
「なにかあったんですか?」

 あまり聞きたくはないが、しかたなく歯切れの悪い山田主任を促す。
 
「申し訳ないが、エントランス部分の強度計算が間違ってた」
「は?」
「柱が二本足りないんだ」
「えぇー! でも、今さら柱を増やすなんて全体の設計が狂っちゃいます!」
「だけど、それがなければ建物が崩壊するんです! すみません、私の計算ミスで……」

 青い顔をした相沢さんが深く頭を下げた。
 説明を聞けば聞くほど、私の頭は真っ白になった。
 せっかく終わったと思ったのにという思いと、今から修正して間に合うのかという焦りで、思考が停止してしまったのだ。
 どうしよう? どうしよう?
 ぐるぐるとそんな言葉が頭の中で回る。それを止めてくれたのはニヤリといつも余裕そうに笑う人の顔だった。

「黒瀬さんに連絡します!」

 月曜日に実施図面をあげて、建築確認申請をしないと着工に間に合わない。
 私は焦って黒瀬さんに電話をかけた。

「どうした、瑞希?」

 低めのいい声が耳もとで響く。
 その声を聞いただけでほっとした私は、彼に事情を説明した。

「黒瀬さん、大変なんです!」

 ひと通り聞いた彼は強度計算の担当者に代われと言った。
 相沢さんに電話を渡すと、質問をしながら詳しい説明を受けているようだった。

「もう一度代わってくれって」

 相沢さんから電話を返されて、耳に当てると、意外にも落ち着いた声が聞こえた。

「悪いがこっちに戻ってきてくれるか?」
「もちろんです」
「泊まり込みになるが、大丈夫か?」
「仕方ないです。それに自社の責任でもあるので」
「それは気にしなくていい。俺は浩平に連絡を取ってみる」
「じゃあ、急いで戻りますね!」

 山田主任が手伝いを申し出てくれたが、急に加わっても整合性が取れないので、丁重にお断りした。黒瀬さんも同じ意見だった。そもそも大人数で分担すれば済むという話でもなかった。
 私はコンビニでお泊りセットや下着、眠気覚ましに栄養ドリンク、おにぎりなどの食料を買い込んで、黒瀬さんのもとへ戻った。相沢さんもついてきた。
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