不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
 リビングに顔を出すと、黒瀬さんがソファーで本を読んでいた。
 スーッと通った鼻筋が美しい横顔で、思わず見とれてしまう。
 私の視線に気づいたのか、彼が振り返って微笑んだ。

「おはよう」

 どきん。
 私の心臓が飛び跳ねた。
 ただ挨拶されただけなのに。
 うろたえた私は早口に言った。

「おはようございます。私、帰りますね」

 恥ずかしいような落ち着かないような気分で、いたたまれなかったのだ。
 黒瀬さんは片眉を上げた。

「そんなに急いで帰ることもないだろう」

 引き留められたが、私は首を横に振った。

「明日からまた普通に仕事ですよね?」
「あぁ、文が丘の件はいったん落ち着いたから、今度は神野リゾートの基本計画を手伝ってもらいたい」
「だったら、やっぱり家に帰って、洗濯とかしたいです」

 私がそう言ったら、黒瀬さんは納得したようでうなずいた。
 立ち上がって、そばに来て、腰を引き寄せると、私の額にキスをした。
 
「そうか。じゃあ、また明日な」

 口端を上げて微笑む顔はいつもと同じはずなのに、正視できないほど格好よく見えてしまう。
 だめだわ。早く帰って落ち着こう。
 私は荷物をまとめて、逃げ帰った。

 家に帰って、掃除や洗濯をしながら、頭の中は黒瀬さんのことで埋め尽くされていた。
 
(嫌いだったはずなのに……)

 惹かれてやまない自分がいる。
 抱かれたから? ううん、本当はずっと惹かれていた。
 最初は彼の創り上げる建築に、魅力的なプレゼンに。そして――。
 
 パンッと自分の頬を叩いた。

「どっちにしても、仕事中はこんなふやけた顔してちゃだめよね」

 気合いを入れる。公私混同は嫌だ。
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