不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
 思わず、その場でへたり込んでしまいそうになる脚を叱咤して、なんとか階段を下りる。
 電話の相手には折り返させると告げた。
 心が凍ったまま、やりかけの作業を続ける。
 定時になっても黒瀬さんは部屋から出てこなかった。
 私はパソコンの電源を切り、池戸さんに挨拶をして、帰宅した。

 部屋のソファーに座って、ぼんやりする。
 涙は出ない。
 ただ、胸の中が空虚でむなしかった。
 
「好きだったのに……」

 ぽつりと言葉が漏れ出た。
 自分の気持ちを言語化することができなかったけど、こうなって初めて彼への気持ちに名前がついてしまう。
 恋だった。そして、それを失った。

「なによ。やっぱり悪い男だったわ」

 怒りをかきたてようとしたけれど、うまくいかず、目を伏せた。
 黒瀬さんから土曜の夜にスマートフォンにメッセージが来た。
 一言『昨日はすまなかった』とだけ。
 セフレにあれこれ弁解する必要もないということかと乾いた笑みを浮かべる。
 どう返そうかと悩んだけど、返す必要もないかと思い、画面を消した。

 どうにか土日をやり過ごし、月曜日が来た。
 黒瀬さんに会いたくないけど、仕事だし、行くしかない。
 部長に言って、今の基本計画が終わったら、誰かと交代してもらおうと思う。
 このまま一緒に働き続けるのはつらい。
 心を殺して、なんでもないふりをして出勤した。
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