不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
「おはようございます」
「おはよう」
 
 挨拶をすると、黒瀬さんはなにごともなかったように挨拶を返した。それとなく目を逸らし、池戸さんに声をかける。

「池戸さん、おはようございます」
「おはよー。今日も張り切っていこう!」
 
 週末にいいことでもあったのか、池戸さんは元気だった。
 パソコンを立ち上げる。
 幸い、やることはいっぱいあった。
 今日は打ち合わせもないから、黒瀬さんとのやり取りもない。
 仕事に集中しているほうが気が紛れた。

 定時になった瞬間に、池戸さんが立ち上がった。

「今日は彼女と待ち合わせなんで、帰ります! お先で~す」

 黒瀬さんと二人きりになりたくない私も急いで片づけをして帰ろうとする。
 カバンを持ったところで呼びかけられた。

「瑞希」

 いつの間にか、黒瀬さんがそばに来ていた。
 私は目を合わせず、会釈して横をすり抜けようとした。

「私も用があるので、これで失礼――」
「瑞希。なにがあった?」

 腕を掴まれ、引き留められる。
 その手をそっと外して、「なにもありません」とつぶやく。
 彼に背を向けたとき、後ろからなおも話しかけられ、つい立ち止まってしまう。

「設計するときには――」

 設計と聞いて、思わず耳を傾けてしまったのだ。
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