捨てられたもの同士、婚約するのはありですか?

2 やけになってやる

 まず仕立て屋に行き、ドレスを三着注文した。

「えーと、私の瞳と同じ青い生地と、オレンジ色の生地、紅い生地にして。それでレースはこれで形はこうで」

 一気にそんな注文なんてするの初めてだから、仕立て屋は完全にひいていた。
 私だって三着も頼むのは初めてだ。だって、そんなにドレスを着る機会はないからそんなに持っていても仕方ないから。
 出来上がり次第それぞれ届けてくれるってことで話をつけて、次に靴やアクセサリー、帽子などを買ったりして。それは全部家に届けてくれる話になった。
 パーティーは毎週末、どこかしらで開かれる。
 それは貴族や商人、政治家たちの子供の婚活、という側面があるから何かと理由をつけて行われる。
 国王主催のパーティーだってそういう目的からで、王子の婚約者を見繕っている、という話がある。
 私みたいに、昔からの知り合いと婚約する場合も多いけど。
 だから私は週末ごとにパーティーに出掛けて行った。

「パトリシアさん、聞きましたわよ。大変でしたね」

 そう声をかけてくるご令嬢たち。
 心配している人なんてごくわずかでしょう。私みたいに婚約破棄される話はごくわずかとはいえある話だ。そして噂話は一気に広まっていく。皆そういう話、大好きですものね。
 知ってるんだから、憐れみと嘲笑の目で見られていることなんて。
 私だってそうだった。そういう話を聞いたとき、かわいそう、と思いながら心のどこかでそういう話を楽しんでいたもの。
 でもわが身に降りかかってそんな自分を恥じている。
 皆の言葉が薄っぺらいものに感じ、私は愛想笑いをしてかわしていた。
 そんなパーティーに参加して三か月目のこと。
 私はスアレス男爵家のパーティーに招待されていた。
 次女であるクリスティとは友達であり、彼女に誕生日のパーティーがある。
 それにいくと、クリスティに心底心配、という顔をされた。

「大変でしたわね、パティ」

 うん、この表情と声のトーンは本気だろう。
 今日までに参加したパーティーは、どれもどこか白々しさを感じていたから。

「クリスー、ほんと、最低よね。あんな浮気男だなんて思いもしなかったわ」

 と言い、私は思わず彼女に抱き着く。
 すると、クリスは私の背中に手を回して言った。

「そうねぇ、私も意外だったわ。ダニエルさんは貴方に一途だと思っていたから」

 そうだ、ダニエルはたしかに一途だったと思う。
 いろんな贈り物をくれたし、デートを重ねて愛を育んでいた。そう信じたかったのに。
 まさか一夜の過ちをおかすなんて思わなかったわよ。

「あぁそういえばパティ」

 そう言って、クリスは声を潜める。

「なあに、クリス」

「その、貴方の婚約者だったダニエルさんが結婚するお相手にも婚約者がいたのはご存じ?」

 ……何ですって?
 私は驚いて目を見開き、クリスの顔を見つめた。

「どういうこと?」

「私の母方の従兄になるのだけど……フレイレ伯爵家の次男であるアルフォンソさんが、あのジェシカ=レニー嬢の婚約者でしたの。婚約式の直後にジェシカさんのことが発覚して大騒ぎでしたらしいのよ」

 でしょうね。
 うちだって大騒ぎになったもの。
 お父様がダニエルを殴ろうとして、お母様が必死に止めたけど、あちらのお父様が代わりに殴ったのよね……
 そうしたらダニエル、なんで殴られたのかわからない様子だったなぁ……あぁ、どこまでもあの人変だ。
 恋がダニエルをおかしくさせたのか、もともとああだったのかはよくわからないけど。

「だからね、今日いらしているの。アルフォンソさん」

「……え?」

 当たり前か。だって、今日はクリスティの誕生日なんだもの。血縁者が参加するのは当たり前よね。
 人々がダンスに明け暮れる中、ひとり壁際でワイングラスを片手にたそがれている男性がいた。
 この辺りでは珍しい褐色の肌に、黒い髪と鋭い黒い瞳。背が高いし体格がいい。騎士かな……?

「もしかして……」

 言いながら私はその褐色の肌の男性を見た。

「目立つからわかるわよね。あの方がアルフォンソさんよ。私たちよりひとつ上の二十一歳。ご先祖が南方の出身で、隔世遺伝というらしいの。珍しい風貌だからそれで苦労していて。今回のことでかなりショックを受けていたようだから気晴らしにどうかと招待したのだけれど、ずっとああなのよね」

 あー、あの方、私と同じ立場なんだ。婚約破棄されたの私だけじゃないんだなぁ。
 私の所にはクリスティだけじゃなくって何人もの令嬢が話しかけてきたし、ダンスにも誘われたけどアルフォンソ様に話しかける人、いないのかな……
 皆遠巻きにしていて、彼に近づく人の姿はない。
 どんな人なんだろう、アルフォンソ様。

「ねえクリス、紹介してくださらない?」

「え? アルフォンソさんを? 別にいいけど」

 不思議そうな顔をしながら、クリスティは私を連れてアルフォンソ様の所に案内してくれた。
 
「アルフォンソ」

 クリスティが呼ぶと、彼は新しいグラスを給仕から受け取りながらこちらを見る。

「あぁ、クリス。二十歳、おめでとう」

 と言い、彼は軽く頭を下げた。

「ありがとうございます、アルフォンソ。こちらは私の友人であるパトリシア=チュルカですの」

「お初にお目にかかります」

 言いながら、私は軽く膝を曲げて挨拶をする。
 クリスティのパーティーには毎年参加しているけれど、彼に会ったのは初めてだと思う。
 彼は私の方を見て、一瞬険しい表情になったけれど、微笑み言った。

「初めまして、パトリシア嬢。クリスの従兄でアルフォンソと申します」

「王国騎士団に入られて寮生活を送っていたと聞きましたけど」

 そうクリスティが言うと、彼は表情をこわばらせた。
 これは……何かありそうな感じ。王立騎士団ってエリートよね。だから体つきがいいのか……

「あぁ、寮生活を送っていたけれど、寮をでたんだ……なのにあんなことになって……」

 と言い、彼は深くため息をついた。
 あんなことってもしかして、婚約破棄されたこと、かな?
 クリスティを見ると、彼女は苦笑している。

「話は聞きましたわ。お気の毒でしたね。私の友人であるパトリシア……パティもそのようなことがあったばかりで。まさか私の身近で婚約破棄がふたつもあるなんて驚きました」

 それは……笑うしかない話よね。
 アルフォンソ様は頷き、私の方を一瞥して言った。

「あぁ、やっぱり。聞き覚えのある名前だと思った」

「あら、ご存知でしたの?」

 クリスティが問うと、彼は頷いてため息をついた。

「まあ、詳しい話を聞いたのはついさっきだけれど。こういうパーティーに来たのは久しぶりだから」

 つまり、私の事を噂していた人たちがいたって事ね。皆好きね。まあわかるけれど。
 私は給仕からワインを受け取り言った。

「どこのパーティーに行ってもそんな感じでしたわ。皆好きに噂して、その口で私に同情の言葉をかけてきますの」

 そして、ワインを一気にあおる。あー、おいしい。

「そうでしょうねぇ。人の不幸ほど楽しいものはありませんもの」

 私の言い方もどうかなって思ったけど、クリスティもなかなか口が悪い。
 その通りなのよね。人の不幸は楽しいの。
 そしてそれに比べて幸せな自分に満足するのよね。わかるわよ、自分もこうなるまではそう思ったことあったから。

「クリス、口が悪いな」

「そうかもしれませんわね。さて、本日の主役ですからいつまでも壁の花ではいられませんから私、行きますわね」

 と言い、クリスティは私たちに背を向けた。
 私はワインのおかわりを受け取り、中身を半分ほど飲んでから、アルフォンソ様の方を見て言った。

「なぜ、壁際にずっといらっしゃるんですか?」

「それは……」

 と言い、彼は下を俯いてしまう。

「婚約の話がなくなり、意気消沈していたところをクリスが誘ってくれたけれど……誰かに声をかける気持ちになれないだけですよ」

 それは理解できなくもない。
 婚約式の直後に妊娠発覚したんだっけ。それはショックよね、私もショックだったもの。

「わかりますわ。私もショックでしたもの。婚約式を経て二ヶ月も経っていて結婚式の相談をすすめていたのに『真実の愛を見つけた!』なんて言われて」

 そう私が言うと、アルフォンソ様はいぶかしげな顔をして言った。

「……真実の……愛?」

「そうですのよ、アルフォンソ様。ダニエルはそう私に告げたんです。まったく信じられませんわ」

 憤慨して私はさらにワインを飲んで、給仕からおかわりを貰う。

「……パトリシア嬢、もしかして酔ってますか?」

「当たり前じゃないですか、お酒は酔うものですよ」

 そう答えて私はさらにワインを飲んだ。
 思い出したらむしゃくしゃしてきて、飲むペースが上がってしまう。

「だいたい真実の愛っておかしくありませんか? しかもですよ、会ってすぐの相手と寝るなんて信じられないんですよ。私とはそういうこと一度もなかったのに」

「確かに、出会って一日の相手となんてにわかに信じられなかったですけど……」

「そうでしょう? どうしてパーティーに参加するの、止められなかったんですか?」

「それは……婚約式の前ですし、俺も知りませんでしたから止められませんよ」

 困った顔をしてアルフォンソ様が言う。そうよね、私もそうだもの。知らなかったから止めようがない。
 でも私の口は止まらない。

「ですよね。私も知らなかったから止められませんでしたもの。もう、あんな男だと思いませんでした。だって信じられます? ご両親が謝罪する中、本人は何が悪いのかわからない様子で座っているんですよ?」

「……それは、彼女もそうでしたね。レニー伯爵夫妻が頭を下げる中、なぜかとても嬉しそうでした」

 ダニエルもそうだったなー。おかしな物質が頭の中で出ていたのだろうか?

「なんだか腹が立ちませんか?」

 言いながら、私はアルフォンソ様にずい、と近づく。
 すると彼は驚いた顔をして言った。

「は、腹が立つって……?」

「彼らが幸せそうで、捨てられた私たちが意気消沈するなんておかしいじゃないですか。だから私決めたんです。貰った慰謝料で遊び歩くって。今日着ているドレスも、アクセサリーも靴も全部、慰謝料で購入しましたの」

 そして私は、くるり、と一回転して見せる。すると青いドレスのスカートがふわり、と舞った。

「ね、楽しまないと損だと思いませんか?」

 そう私が主張すると、彼は驚いた様子で何度も瞬きを繰り返した後、ワイングラスに口をつけた。

「そう、かも知れませんけど……レディが人前でそんなに酔って大丈夫ですか?」

 と、心配そうな声音で言う。

「レディが人前でお酒を飲んではいけないわけじゃないでしょう。だいたいなんで婚約者をちゃんと捕まえておかなかったんですか?」

「そんなの無理に決まっているでしょう。それは貴方にも言えることじゃないですか」

 確かにそうだ。私もなんで婚約者を捕まえておけなかったのか。それはあんなことする相手だと思ってなかったからなんだけど。

「そうですけど、絶対あの人不倫しますよ。一度やったら絶対に癖になるんですから」

 そして私は新しいワイングラスを受け取った。あれ、これで何杯目だろう。三……あれ、四? まあどちらでもいいわね。
 私の言葉を聞いて、アルフォンソ様は目を丸くする。

「そんなことになったら彼女が……」

「彼女だって浮気したんですからお互いにするんじゃないですか?」

 そして私は新しく受け取ったワインを飲んだ。
 なんだかふわふわしてきた。今なら無敵になれそうな気がする。
 
「それは……そうですけど……」

 と言い、アルフォンソ様は視線を泳がせた。
 でうしょね、そうですよね。一度浮気した人は繰り返すのよ。だって、既婚者の貴族や政治家が不倫した話なんてしょっちゅう耳にするもの。

「ね、否定できないでしょう?」

 そう私が言うと、アルフォンソ様は押し黙ってしまい、ぐい、とワインを飲んだ。

「だーかーらー、貴方もそんな女性の事はさっさと忘れて別の相手を探したほうがいいですよ?」

「そう、かも知れないですけど」

 戸惑った声で言い、アルフォンソ様は私の方を見た。

「でしょう? だから楽しみましょうよ。過去は変えられない、だけど、未来への選択肢は無限にあるんですから」

 そして私はワインをぐい、と飲み込んだ。
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