捨てられたもの同士、婚約するのはありですか?
6 休養生活
馬車の客車は屋根のないタイプで、辺りの様子がよく見えるようになっていた。だから御者のフランコさんが手綱を握りながら町のことを教えてくれる。
この町の名前はレーベルン。町の中央には大きな噴水があって、妖精の彫刻が置かれていることから妖精の噴水、と呼ばれている。
「噴水の周りは広場になっておるんですが、休みの日になるとたくさんの行商人がやってきてお店を出してくれるお陰で、大変賑わうんですよ」
その広場に面する宿、ラファータが私が一か月お世話になる宿だ。長期滞在も受け入れてくれる宿で、部屋にキッチンがあって自炊もできるようになっている。
私は料理なんて少ししかできないから、お茶を淹れるのがせいぜいだろうけど。
せっかくだから少しくらい料理をしてみようかしら?
ご婦人がお野菜を抱えて歩いているのが見える。
それに牛乳売りのおじさんが、子供に牛乳を売っている。
「この町の図書館は大変美しいんですよ! ぜひ足を運んでみてください。古い遺跡もありますし公共の温泉がいくつもあって、毎日違うお風呂が楽しめますよ!」
公共の温泉かぁ……どんなところなんだろう?
私が住む首都には温泉がない。公共のお風呂はあって庶民の憩いの場になっているけれど、貴族や商人はそういうところには行かないのよね。
小さい頃、お母様に連れて行かれたきりだ。
お母様はごく一般的な家庭の出身だから、そういうお風呂にはよく行っていたらしい。
「あの小高い丘の上にあるお城がこの辺りを治めていらっしゃるフレイレ伯爵家のお城でごさいます。伯爵様は今お城にいらして秋のお祭りの準備をしていらっしゃるんですよ」
「お祭り……」
「はい! 十月の二週目に収穫感謝のお祭りがあるんですよ! 盛り上がりますのでぜひいらしてください」
来月の二週目かあ。ならぎりぎりいるかも。
ん……? まてよ、それより今さっきあそこは誰のお城って言った……?
何か聞き覚えのある名前だったような気がするんだけど……
そんなことを考えている間に馬車は止まる。
御者のフランコさんが扉を開けてくれて、ニコニコと手を差し出してきた。
「着きましたよ。ようこそ、ラファータへ」
「ありがとうございます」
礼を言い、私はフランコさんの手を取り馬車を下り、宿を見上げた。
三階建ての、茶色の壁のホテルで大きな入り口の前にはベルボーイが立っている。
フランコさんはベルボーイに私の荷物を預けると、頭を下げて馬車に乗る。
「ではまた、お嬢さん」
と言い、馬車を走らせていく。
あ、聞きたいことあったのに……まあ、いいか。誰かに聞けるだろう。私は去っていく馬車に手を振って見送った。
「ではチュルカ様、ご案内いたしますね」
ベルボーイの声がかかり、私はくるっと振り返って、
「わかりました」
と答えた。
中に入り受付を済ませて、部屋係の女性に部屋へと案内される。
部屋はリビングダイニングキッチンと寝室に分かれていて、ベッドは大きかった。
白とグレーの落ち着いたカバーリングの部屋で、窓の外を見ると噴水広場がよく見える。
「温泉は、朝の九時から十二時以外でしたらいつでもお入りいただけます。女湯と男湯が逆になることがございますのでご注意ください。貸切風呂もございますので、ご利用の際はフロントまでお申し出をお願いいたします」
そのほか説明を受けたあと女性が去り、ひとりきりになって私はとりあえずベッドに寝転がった。
今日から一カ月、夢のホテル暮らしだー。そう思うと心が弾む。
たくさん本を読んで観光して、楽しく過ごすんだ。
御者のおじいさんが言っていた図書館にまず行こうかなあ。
私はばっと起き上がり、部屋を出た。
時刻は午後の三時過ぎ。
町には買い物と思われる人たちが多く歩いていて、商人たちの呼び込みの声が響いている。
私がこの町に来たのは初めてだ。だから見るものすべてが珍しい。
私が住む首都より北の山地にあるから、かなり涼しい。通りに植えられている樹木の葉が風に舞い通りを黄色や赤で埋め尽くしていく。
空を見上げればどこかで焚き火をしているのか煙が上がっているのが見える。枯葉を燃やしているのかなぁ。
誰ひとり知り合いのいない町、噂話は聞こえてこないし話しかけられることもない。
なんて素敵なの? もっと早く旅に出ればよかったなぁ。ちょっと後悔。
とりあえず今日は図書館で本をみて……そうだ、この街のことでも調べようかな。貴族の領地って言っていたし、誰の領地かって聞き取れなかったから。
私は足取り軽く図書館を目指した。
ホテルから歩いて十分くらいの場所にその図書館はあった。
茶色の壁の三階建ての建物。大きな茶色の木の扉には妖精の姿が彫られている。
ここの図書館の噂は私も知っているけど、美しい図書館ってどういう意味だろうか。
私は木の扉を開き、中に入った。
「こんにちはー」
中に入るとすぐカウンターがあって、そこにいる女性がにこやかにあいさつしてくる。
私は彼女に会釈をして奥へと進んで行った。
「うわぁ……」
円形の天井いっぱいに絵画が描かれていて、本棚の上に置かれている照明が優しく照らしている。
白い柱にも妖精と思われる彫刻が施されていて、廊下には球体の造形物が置かれている。
美しい図書館、と言われている意味がよくわかる。
私が知る図書館はこんなふうに絵なんて描かれていないしもっとシンプルだ。
この図書館の天井には妖精の他、天使の姿も描かれている。館内はとても静かで、椅子に腰かけて本を読むご婦人の、紙をめくる音がよく聞こえてくる。
とりあえずこの町のことがわかるものないかな。
そう思いながら館内を歩き、観光案内の本を手にして私は椅子に腰かけた。
本を開き、そして私はそこに書かれている貴族の名前に心臓が止まるんじゃないかってくらい驚いた。
ここ、ルミルア地方はフレイレ伯爵家の領地だそうだ。
フレイレって……確かアルフォンソ様の名字、よね……?
やだ、背中を変な汗が流れていく。
だから旅に出るって話した日、なんだか笑顔だったの? もしかして追いかけてくるとかある……?
いや、でもアルフォンソ様、今週で休みは終わり、みたいなことおっしゃっていたしな……だ、大丈夫よね?
私、どこの宿に泊まるかなんて言っていないし。
そう自分に言い聞かせて私は観光名所について調べていった。
私は観光と休養に来たんだから。首都でのことなんてわすれるわすれる。
この町の名前はレーベルン。町の中央には大きな噴水があって、妖精の彫刻が置かれていることから妖精の噴水、と呼ばれている。
「噴水の周りは広場になっておるんですが、休みの日になるとたくさんの行商人がやってきてお店を出してくれるお陰で、大変賑わうんですよ」
その広場に面する宿、ラファータが私が一か月お世話になる宿だ。長期滞在も受け入れてくれる宿で、部屋にキッチンがあって自炊もできるようになっている。
私は料理なんて少ししかできないから、お茶を淹れるのがせいぜいだろうけど。
せっかくだから少しくらい料理をしてみようかしら?
ご婦人がお野菜を抱えて歩いているのが見える。
それに牛乳売りのおじさんが、子供に牛乳を売っている。
「この町の図書館は大変美しいんですよ! ぜひ足を運んでみてください。古い遺跡もありますし公共の温泉がいくつもあって、毎日違うお風呂が楽しめますよ!」
公共の温泉かぁ……どんなところなんだろう?
私が住む首都には温泉がない。公共のお風呂はあって庶民の憩いの場になっているけれど、貴族や商人はそういうところには行かないのよね。
小さい頃、お母様に連れて行かれたきりだ。
お母様はごく一般的な家庭の出身だから、そういうお風呂にはよく行っていたらしい。
「あの小高い丘の上にあるお城がこの辺りを治めていらっしゃるフレイレ伯爵家のお城でごさいます。伯爵様は今お城にいらして秋のお祭りの準備をしていらっしゃるんですよ」
「お祭り……」
「はい! 十月の二週目に収穫感謝のお祭りがあるんですよ! 盛り上がりますのでぜひいらしてください」
来月の二週目かあ。ならぎりぎりいるかも。
ん……? まてよ、それより今さっきあそこは誰のお城って言った……?
何か聞き覚えのある名前だったような気がするんだけど……
そんなことを考えている間に馬車は止まる。
御者のフランコさんが扉を開けてくれて、ニコニコと手を差し出してきた。
「着きましたよ。ようこそ、ラファータへ」
「ありがとうございます」
礼を言い、私はフランコさんの手を取り馬車を下り、宿を見上げた。
三階建ての、茶色の壁のホテルで大きな入り口の前にはベルボーイが立っている。
フランコさんはベルボーイに私の荷物を預けると、頭を下げて馬車に乗る。
「ではまた、お嬢さん」
と言い、馬車を走らせていく。
あ、聞きたいことあったのに……まあ、いいか。誰かに聞けるだろう。私は去っていく馬車に手を振って見送った。
「ではチュルカ様、ご案内いたしますね」
ベルボーイの声がかかり、私はくるっと振り返って、
「わかりました」
と答えた。
中に入り受付を済ませて、部屋係の女性に部屋へと案内される。
部屋はリビングダイニングキッチンと寝室に分かれていて、ベッドは大きかった。
白とグレーの落ち着いたカバーリングの部屋で、窓の外を見ると噴水広場がよく見える。
「温泉は、朝の九時から十二時以外でしたらいつでもお入りいただけます。女湯と男湯が逆になることがございますのでご注意ください。貸切風呂もございますので、ご利用の際はフロントまでお申し出をお願いいたします」
そのほか説明を受けたあと女性が去り、ひとりきりになって私はとりあえずベッドに寝転がった。
今日から一カ月、夢のホテル暮らしだー。そう思うと心が弾む。
たくさん本を読んで観光して、楽しく過ごすんだ。
御者のおじいさんが言っていた図書館にまず行こうかなあ。
私はばっと起き上がり、部屋を出た。
時刻は午後の三時過ぎ。
町には買い物と思われる人たちが多く歩いていて、商人たちの呼び込みの声が響いている。
私がこの町に来たのは初めてだ。だから見るものすべてが珍しい。
私が住む首都より北の山地にあるから、かなり涼しい。通りに植えられている樹木の葉が風に舞い通りを黄色や赤で埋め尽くしていく。
空を見上げればどこかで焚き火をしているのか煙が上がっているのが見える。枯葉を燃やしているのかなぁ。
誰ひとり知り合いのいない町、噂話は聞こえてこないし話しかけられることもない。
なんて素敵なの? もっと早く旅に出ればよかったなぁ。ちょっと後悔。
とりあえず今日は図書館で本をみて……そうだ、この街のことでも調べようかな。貴族の領地って言っていたし、誰の領地かって聞き取れなかったから。
私は足取り軽く図書館を目指した。
ホテルから歩いて十分くらいの場所にその図書館はあった。
茶色の壁の三階建ての建物。大きな茶色の木の扉には妖精の姿が彫られている。
ここの図書館の噂は私も知っているけど、美しい図書館ってどういう意味だろうか。
私は木の扉を開き、中に入った。
「こんにちはー」
中に入るとすぐカウンターがあって、そこにいる女性がにこやかにあいさつしてくる。
私は彼女に会釈をして奥へと進んで行った。
「うわぁ……」
円形の天井いっぱいに絵画が描かれていて、本棚の上に置かれている照明が優しく照らしている。
白い柱にも妖精と思われる彫刻が施されていて、廊下には球体の造形物が置かれている。
美しい図書館、と言われている意味がよくわかる。
私が知る図書館はこんなふうに絵なんて描かれていないしもっとシンプルだ。
この図書館の天井には妖精の他、天使の姿も描かれている。館内はとても静かで、椅子に腰かけて本を読むご婦人の、紙をめくる音がよく聞こえてくる。
とりあえずこの町のことがわかるものないかな。
そう思いながら館内を歩き、観光案内の本を手にして私は椅子に腰かけた。
本を開き、そして私はそこに書かれている貴族の名前に心臓が止まるんじゃないかってくらい驚いた。
ここ、ルミルア地方はフレイレ伯爵家の領地だそうだ。
フレイレって……確かアルフォンソ様の名字、よね……?
やだ、背中を変な汗が流れていく。
だから旅に出るって話した日、なんだか笑顔だったの? もしかして追いかけてくるとかある……?
いや、でもアルフォンソ様、今週で休みは終わり、みたいなことおっしゃっていたしな……だ、大丈夫よね?
私、どこの宿に泊まるかなんて言っていないし。
そう自分に言い聞かせて私は観光名所について調べていった。
私は観光と休養に来たんだから。首都でのことなんてわすれるわすれる。