私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~
第二章 赤の海域

アルメイシャ島

 アルメイシャ島に到着すると、奏澄はその活気に圧倒された。大勢の人々が行き交い、呼び込みの声や、どこからか音楽まで聞こえる。

「賑やかな島ですね」
「ここは交易の島だからな。商船の出入りが多い分、人も多い」

 確かに前の島と雰囲気自体は大きく変わらないが、別の国だと言われても納得するほどの賑わいだった。地続きの大陸と違い、島と島だと交流は船しかないので、意外に似ないのかもしれない。
 乗せてくれた商船に礼を告げ、手に入れた船は港に繋ぎ、ひとまずの宿を確保する。船が手に入ったので寝泊りは船になるのでは、と思っていたが、奏澄が船に慣れていないこともあり、島にいられる間は宿を取った方が良いというメイズの助言に従った。
 奏澄が物珍しそうにしていたからだろう、まずは島の中心地を見て回ることにして、二人は人混みの中を歩きながら会話していた。

「そういえば、乗組員を探すと言っていましたが、具体的にはどういう手段になるんですか?」
「最低限手を集めるだけなら、掲示板で募集するとか、酒場で働き口を探している奴の紹介を頼むとかだな。ただ、それで航海士を見つけるのはなかなか困難だが」
「航海士……やっぱり必要ですか?」
「自分たちで船を持つならな、いた方がいい。できれば海図を書ける奴」
「人材斡旋というか、仲介業者みたいな組合はないんですか?」
「この島にもギルドはあるが、俺が顔を出すわけにはいかないだろう」
「指名手配されてるんでしたっけ。こういう人の多い所は普通に出歩いて大丈夫なんですか?」
「まぁ、普通の奴らは手配書なんかそうそう見ないからな。セントラルの関係者か、賞金稼ぎか、あとは商人の奴らか」
「商人が手配書を見るんですか?」
「襲われる可能性があるからな。商人は情報収集にも長けている。頻繁に出没する場所や船の装備なんかを互いに共有しているはずだ。とはいえ、役人と違って取り締まったりするわけじゃないから、顔を知られていても向こうから何かしてくることはほとんど無い」
「なら、セントラル管轄の施設に出入りしない限りは、そんなに警戒することはないんですね。ちょっと安心しました」

 顔を隠して行動しなければいけないようなら、今後かなり気をつかわなければと考えていた奏澄はほっと息を吐いた。それをメイズが複雑そうな表情で見る。

「俺はもう前の船を降りているが、それ絡みで今後問題が起きないとは限らない」
「……はい」
「俺は何があってもお前を守るつもりだが、もし、俺のせいで危険が及ぶようなら、俺とは無関係だってことにしてセントラルに保護を求めろ。何もできない民間人を無下にするようなところじゃない」

 奏澄が、足を止める。

「カスミ?」
「……なんで、そんなこと言うんですか」
「もしもの話だ。俺が原因でお前が危ない目に遭うのは、本末転倒だろう」
「約束、したのに」

 声が震える。これは子どもっぽいわがままだ。メイズの言うことは正しい。だから悲しい。
 あの約束をよすがにしているのは、自分だけなのか。それだけが唯一絶対だと信じていた。他に何も縋るものを持たないから、たった一つ握りしめて。
 その在り方は間違っているとわかっていても、肯定してほしかった。

 ――『傍にいる、という約束でしょう。それが最優先です』
 ――『――……。わかった』

 もし本当に子どもだったら。泣き喚いて、嘘つきと責め立ててしまいたかった。でも中途半端に大人な自分は、気持ちをぶつけることも、物分かり良く引くこともできずに、込み上げた感情の収め方がわからない。
 だから、とりあえず。

「すみません、ちょっと、頭冷やしてきます」

 逃げた。
 メイズの呼び止める声を無視して、人込みを縫ってその場を離れる。泣き出してしまいそうな顔を、見られたくなかった。
 それでも、奏澄の頭はどこか冷静だった。人目につかない所に行きたいけれど、知らない島で人気(ひとけ)の少ない所に行くのは危ない。だから、人の多い繁華街からは離れない。待ち合わせ場所は特に決めていない、でも宿は取ってあるから、戻れば落ちあえる。お金は多少なら持っている、必要なら一人で買い物できる。
 広場に面したベンチに座って、蹲る。

 気持ちが落ちついたら戻って、謝ろう。メイズの言う通りだと、素直に受け入れよう。あんまりわがまま言ったら駄目だ。ついてきて()()()()()んだから。嫌われたら、離れていってしまう。嫌われないように、迷惑をかけないように、()()()()()()()()()

「あれ……?」

 この感覚には覚えがある。そうだ、元の世界にいた頃。あの海の見える高台でよくやっていた、一人反省会。
 そんなことは、もうしないと思っていた。だってメイズがいてくれたから。不安になることがあっても、常に傍にいてくれると思っていた。
 絶対の味方の存在が、奏澄の心を強くしていた。
 しかし、先ほどのメイズの言葉でそれが崩れ去った。約束をしたのに。離れてしまうかもしれない。失ってしまうかもしれない。それがたまらなく怖くて、足場が崩れていくような気持ちで、そう。
 海に突き落とされたかのようだった。
 息ができない。苦しい。一人では泳げないのに、無理に縋れば、相手も引きずり落としてしまう。


「お嬢さん大丈夫ー?」


 急に陽気な男性の声が降ってきて、奏澄は驚いて肩を震わせた。

「ずっと蹲ってるけど、どした? 具合悪い?」
「あ、だ、大丈夫です。お構いなく……」

 顔を上げて、思わず息を呑んだ。太陽に透けてきらきらと光る、眩しいほどの金髪。

「お、良かった」

 にっと笑うと、大きな猫目が、人懐っこく細められた。

「んじゃ何か落ち込んでる?」
「え、や、まぁ……」

 ぐいぐい来るな、と奏澄は少し身を引いた。しかし、何故だか憎めないのは彼の無邪気な笑顔のせいだろうか。歳が近そうなのもあるかもしれない。

「もったいないなぁ! こんなに天気が良くて、いい風が吹いて、楽しい音が響いてるのに」

 言われて周囲を見渡せば、広場はパフォーマンスの場所になっているようだった。大道芸を行っている者や、演奏をしている者、それを見る観客などで笑顔に溢れていて、落ち込んでいた自分はひどく場違いに思えた。

「良かったらオレと踊りませんか?」
「お、踊るのは、ちょっと」

 さっと手を差し出されたが、さすがにそれは辞退した。ダンスは授業で踊った記憶くらいしかない。

「そう? 体を動かすとすっきりするけど。んじゃ、歌う?」
「歌……」
「そ。大声で歌うのも、色々吐き出せるよ」

 それは、わかる。奏澄は歌が好きで、合唱部に入っていた。人が来ない時には、あの高台で練習したこともある。言葉にならない気持ちが、声に乗って流されていくようだった。

「歌います!!」

 すっくと立ち上がって、宣言した。こんなに楽しげな雰囲気なのだ。この中で歌ったら、自分もこの景色の一部になれたら、もやもやした不安も吹き飛ぶかもしれない。
 青年は囃し立てるように拍手をした。

 すぅ、と息を吸って、歌い慣れた曲を歌う。そんなに上手くはないけれど、とにかく伸びろ、伸びろ、と声を出した。
 メイズに届けばいいと、思った。
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