私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~
過去と今と未来と
宿屋の一室にて。
思い詰めた様子で口を閉ざすメイズに、奏澄は何と声をかけて良いのかわからなかった。彼がそれほどまでに語りたくないと言うのなら、無理に聞き出すようなことはしたくない。しかし、それでは玄武の協力は得られない。話を聞いた、などという嘘は、キッドには通用しないだろう。
「メイズ」
奏澄はできるだけ穏やかに声をかけて、ベッドに腰かけたメイズの隣に寄り添った。
「今すぐじゃなくてもいいから。とりあえず、今日はもう休んだら?」
キッドは暫くこの島に滞在すると言った。一日二日で決着しないことは想定の範囲内だろう。メイズにも、心の準備をする時間が必要なはずだ。
「いや」
しかしメイズは、奏澄の気遣いを拒否して、強く拳を握った。
「無駄に使える時間は無い。どうせ話すのなら、今日話しても明日話しても同じことだ」
結果的にはそうかもしれないが、それは感情を無視した話だ。それでも、こうと決めたら覆さないだろう。せめて少しでも気持ちが軽くなるようにと、奏澄はメイズの拳に手を重ねた。
「途中で辛くなったら、やめていいからね」
微笑んでみせた奏澄に、メイズは力無い笑みを返した。
「どこから、話せばいいか。……そうだな、生まれは、黒の海域だ」
遠い目をして、ぽつりぽつりと、記憶を辿る。
寒い土地だった。よく雪が降った。
そもそも、黒の海域は人の居住区域として整えられていない。ろくに作物もならない。ここは、悪魔を封じた最果ての地だから。
神の血を引く王族を中心に、位の高い者たちは白の海域に。それ以外の者たちは、赤・緑・青・金の海域に。では何故、黒の海域に人がいるのか。
それは、他の海域に住めなかった者たちだ。土地を追われた者、罪人、人の理の中で生きられなかった者。それらが寄り集まって、あるいは奪い合って、好きに生きている。吹き溜まりのような場所だ。
メイズの母親は娼婦だった。父親の顔は知らないが、どこぞの海賊だろうということだった。大して興味も無かったのだろう、それは幸いした。でなければ、母親にほとんど似ていない、おそらく父親似だと思われるメイズは、憎悪の対象となったかもしれない。
暴力を振るうほど、母親はメイズに関心が無かった。望まれて生まれた子ではない。堕ろすのに失敗したから生まれてしまっただけだ。それでも育てば何かの役に立つと思ったのか、母親の気まぐれと強運によって、メイズは生き延びた。
しかし母親には運が無かった。ある時、暴れ回る賊の手によって、母親は殺された。メイズの目の前で。
そしてその賊は、メイズを連れ去った。僅か三歳のことである。
メイズはそれから十年以上もの間、ひたすらに賊に使役されるだけの日々を送ることとなる。
ただの雑用でも、それだけ長くいれば、組織の中でも立ち位置ができてくる。役割が与えられる。大人よりも子どもに対して警戒が薄れるのは、悪党といえども同じこと。それはもちろん良心などではなく、侮りという意味だ。盗みも殺しも得意だったメイズは、それなりに重宝がられた。もはやその頃には、自分は一生こうして生きていくのだろうと思っていた。
ところが、十五歳の時。組織の失態を押しつけられる形で、メイズは役人に引き渡された。ろくに司法など機能しない黒の海域にも、役人はいる。いるが、この場合は正当に罪を裁くために捕らわれたのではない。ただの見せしめだった。
裏切られた、と思ったのは一瞬だった。組織は仲間を守らない。そもそも、仲間などというものは存在しない。ただの手駒だ。それを知っていたから、助けなど期待しなかった。役人から奪った武器でめちゃくちゃに暴れて、命からがらメイズは逃げ出した。
そこからは一人で生きた。他人とつるむようなことは、例え一度きりの仕事だとしてもしなかった。
すっかり体に馴染んでしまったので、殺しや盗みをすることで食いつないだ。どうせ働こうなどと思ったところで、黒の海域にまともな仕事など存在しない。
土地に生産性が無く、交易もほとんど無い黒の海域では、よそからの略奪が中心だ。海賊が他の海域から奪ってきたもの、ギルドや軍の支部に運び込まれる物資。他から取り込んだ物を、更に内部で奪い合う。こんな土地で、仁義などありはしない。
殺して、奪って、犯して。生きるために生きた。特になんの感情も無かった。
そんな風にして、十年ほどたっただろうか。
――へェ、イイ目してんじゃねェか。
あの男と、出会った。
男は自分を海賊だと言った。まだ仲間はほとんどいないらしい。どうも雑事を自分ですることに慣れていないらしく、自分の手足となって動く人間が欲しいとのことだった。
なんとも自分勝手な理由に、メイズは呆れた。しかしそんな戯言が許されてしまうほどに、男は強かった。
まだ荒れていた頃のメイズは、自分の腕に自信があったこともあり、その男の喧嘩を買った。そして惨敗した。敗者に決定権は無い。二度と組織というものに属するものかと決めていたメイズだったが、已む無く男の海賊船に同乗することとなった。
その男こそが、悪魔フランツ。そして、メイズが属することになったのが、黒弦海賊団である。
思い詰めた様子で口を閉ざすメイズに、奏澄は何と声をかけて良いのかわからなかった。彼がそれほどまでに語りたくないと言うのなら、無理に聞き出すようなことはしたくない。しかし、それでは玄武の協力は得られない。話を聞いた、などという嘘は、キッドには通用しないだろう。
「メイズ」
奏澄はできるだけ穏やかに声をかけて、ベッドに腰かけたメイズの隣に寄り添った。
「今すぐじゃなくてもいいから。とりあえず、今日はもう休んだら?」
キッドは暫くこの島に滞在すると言った。一日二日で決着しないことは想定の範囲内だろう。メイズにも、心の準備をする時間が必要なはずだ。
「いや」
しかしメイズは、奏澄の気遣いを拒否して、強く拳を握った。
「無駄に使える時間は無い。どうせ話すのなら、今日話しても明日話しても同じことだ」
結果的にはそうかもしれないが、それは感情を無視した話だ。それでも、こうと決めたら覆さないだろう。せめて少しでも気持ちが軽くなるようにと、奏澄はメイズの拳に手を重ねた。
「途中で辛くなったら、やめていいからね」
微笑んでみせた奏澄に、メイズは力無い笑みを返した。
「どこから、話せばいいか。……そうだな、生まれは、黒の海域だ」
遠い目をして、ぽつりぽつりと、記憶を辿る。
寒い土地だった。よく雪が降った。
そもそも、黒の海域は人の居住区域として整えられていない。ろくに作物もならない。ここは、悪魔を封じた最果ての地だから。
神の血を引く王族を中心に、位の高い者たちは白の海域に。それ以外の者たちは、赤・緑・青・金の海域に。では何故、黒の海域に人がいるのか。
それは、他の海域に住めなかった者たちだ。土地を追われた者、罪人、人の理の中で生きられなかった者。それらが寄り集まって、あるいは奪い合って、好きに生きている。吹き溜まりのような場所だ。
メイズの母親は娼婦だった。父親の顔は知らないが、どこぞの海賊だろうということだった。大して興味も無かったのだろう、それは幸いした。でなければ、母親にほとんど似ていない、おそらく父親似だと思われるメイズは、憎悪の対象となったかもしれない。
暴力を振るうほど、母親はメイズに関心が無かった。望まれて生まれた子ではない。堕ろすのに失敗したから生まれてしまっただけだ。それでも育てば何かの役に立つと思ったのか、母親の気まぐれと強運によって、メイズは生き延びた。
しかし母親には運が無かった。ある時、暴れ回る賊の手によって、母親は殺された。メイズの目の前で。
そしてその賊は、メイズを連れ去った。僅か三歳のことである。
メイズはそれから十年以上もの間、ひたすらに賊に使役されるだけの日々を送ることとなる。
ただの雑用でも、それだけ長くいれば、組織の中でも立ち位置ができてくる。役割が与えられる。大人よりも子どもに対して警戒が薄れるのは、悪党といえども同じこと。それはもちろん良心などではなく、侮りという意味だ。盗みも殺しも得意だったメイズは、それなりに重宝がられた。もはやその頃には、自分は一生こうして生きていくのだろうと思っていた。
ところが、十五歳の時。組織の失態を押しつけられる形で、メイズは役人に引き渡された。ろくに司法など機能しない黒の海域にも、役人はいる。いるが、この場合は正当に罪を裁くために捕らわれたのではない。ただの見せしめだった。
裏切られた、と思ったのは一瞬だった。組織は仲間を守らない。そもそも、仲間などというものは存在しない。ただの手駒だ。それを知っていたから、助けなど期待しなかった。役人から奪った武器でめちゃくちゃに暴れて、命からがらメイズは逃げ出した。
そこからは一人で生きた。他人とつるむようなことは、例え一度きりの仕事だとしてもしなかった。
すっかり体に馴染んでしまったので、殺しや盗みをすることで食いつないだ。どうせ働こうなどと思ったところで、黒の海域にまともな仕事など存在しない。
土地に生産性が無く、交易もほとんど無い黒の海域では、よそからの略奪が中心だ。海賊が他の海域から奪ってきたもの、ギルドや軍の支部に運び込まれる物資。他から取り込んだ物を、更に内部で奪い合う。こんな土地で、仁義などありはしない。
殺して、奪って、犯して。生きるために生きた。特になんの感情も無かった。
そんな風にして、十年ほどたっただろうか。
――へェ、イイ目してんじゃねェか。
あの男と、出会った。
男は自分を海賊だと言った。まだ仲間はほとんどいないらしい。どうも雑事を自分ですることに慣れていないらしく、自分の手足となって動く人間が欲しいとのことだった。
なんとも自分勝手な理由に、メイズは呆れた。しかしそんな戯言が許されてしまうほどに、男は強かった。
まだ荒れていた頃のメイズは、自分の腕に自信があったこともあり、その男の喧嘩を買った。そして惨敗した。敗者に決定権は無い。二度と組織というものに属するものかと決めていたメイズだったが、已む無く男の海賊船に同乗することとなった。
その男こそが、悪魔フランツ。そして、メイズが属することになったのが、黒弦海賊団である。