私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~
さよなら、愛する人よ。
「……雪か」
黒の海域に入り、暗く淀んだ空をメイズは厳しい目で見上げた。積もれば戦闘の妨げになるが、まだそれほどの降り方ではない。それでも足場は気にしなければ、とメイズはブーツで甲板をこするようにした。
「このクソ寒いのによく外に出る気になるなオマエ」
「慣れてる」
「あっそ」
一蹴したメイズに、キッドはつまらなそうに鼻を鳴らした。
彼自身は寒さが苦手なのか、薪ストーブの前で猫のように丸まっている姿がしばしば見られた。燃料は限られているので、たまにロバートに文句を言われている。
「オレは無理だね。できることならずっとストーブの前を離れたくねぇ」
「……燃やすなよ」
「燃やさねぇよ! オレのこと何だと思ってんだ」
「さすが、パイプで船を燃やしかけた奴は言うことが違うな」
「てめええええ」
青筋を浮かべたキッドは、握りしめた拳をぶるぶると震わせた。
「用があって来たんじゃないのか」
「ああ、そうだった。この船を変えようと思うんだが。外装だけ変えるか、それともいくつかの船に分散するか」
「そうだな……。この規模の船で乗り付けるのはまずいだろう。外装を変えた上で、手前のシシドナ島に置いていった方がいい。そこからは小型船に分散して、時間差でニューラマード島に潜伏し、合流する」
「けどそうすると、途中で向こうに気づかれたら揃わない内に戦闘になる。イチかバチか、一気に乗り込んだ方が良くないか」
ふむ、とメイズは頷いて。
「それもそうだな」
「おい」
あまりに早い納得の仕方に、キッドは思わずつっこんだ。
「もうちょっと何かないのか」
「実のところどちらでもいい。あれの思考回路はトんでいるから、策を講じたところで、結局出たとこ勝負になる可能性が高い」
「あのな、何のためにオマエをこっちに乗せたと思ってんだ」
「俺にわかるのは、あれの性根が腐っているということくらいだ」
「そこは同感だ」
キッドが真面目くさって頷く。
「腐っているから、来ているとわかればまず罠を張る。一斉にぶつかると、そもそもまともな戦闘にならないかもしれない。だから可能な限り隠れて、分散した方がいいと思った」
「……なるほど」
「ただ、お前の言うことも間違いじゃない。罠はあるという前提で、いっそ一斉に飛び込んで、罠ごと力技で押し切るのも手だ。本隊は全部ぶつけても、周囲に玄武の傘下は置いておくんだろう。カバーができないわけじゃない」
キッドは考え込むように俯いた。今彼の頭の中では、自分の手持ちの札をどのように動かすかをシミュレートしている。軽い調子で人を欺いてはいるが、この男も四大海賊の一角だ。頭は回るだろう。
「最初にオマエが言った方でいこう。今日中に本隊を複数の班に分けておく。シシドナ島からはその班で動く」
「いいのか」
「力押しは一回試してるからな。今回はオマエの案に乗ってみることにしよう。頼りにしてるぜ、メイズ」
人が悪い笑みを浮かべたキッドに、メイズは嫌そうに顔を歪めた。
*~*~*
外装を変えたブルー・ノーツ号で航海をし、シシドナ島へ到着すると、用心のため船は隠した。そこから玄武海賊団は十の班に分かれ、順に小型船でニューラマード島へと向かった。黒弦がいるはずの港とは反対側の入り江に船を隠し、島へと上陸する。次に来る船はまた別の場所に船を隠し、船がまとまらないようにした。
襲撃は陸から行う。一から五班が船へ乗り込む。六、七班は陸にて待機。八、九班は小型船で海に待機。十班は状況に応じて周辺の島に控えている玄武の傘下への伝令。
黒弦の船――ブラック・トイフェル号は、静かに港に停泊していた。
静かだ、と思った。そのことに眉を顰める。情報では、船長を含めた船員のほとんどは、夜間は船にいるとのことだった。だが見張りの姿が見えない。
結局分散して乗り込んだ玄武が揃うまで、不気味なほどに動きは無かった。気づかれなかった、と思いたいところだが。
やはり、罠だろうか。船内には、誰もいないかもしれない。しかし、人の気配はあるように思う。
――やってみるしかない。
手で合図をし、船に火を投げ込む。爆薬が仕掛けられていればこれで反応がある。中の人間を炙り出すため、明かり代わりにもなる。それと同時に、襲撃班が突入する。火が回り切る前に、決着をつけなければ。玄武の人間も丸焼けになる。
「――!? 誰もいない……!?」
乗り込んだ甲板には、人の姿が無かった。しかし、耳を澄ませば息づかいが聞こえる。荒い息だ。火に誘き出されず、隠れているのか。
「やあああーーーーッ!」
大きな掛け声と共に飛び出してきた影に、メイズは反射的に銃を向けた。向けて、その姿勢のまま固まった。
――ガキ?
「メイズ!!」
怒鳴られて、メイズは咄嗟に足を動かした。可能な限り加減をして、向かってきた子どもを蹴り飛ばす。
それでも大きく吹っ飛ばされた子どもは、手にしたナイフを取り落として、激しく咳き込んだ。
メイズは動揺した。はっとして、周囲を見渡す。甲板は、どこも同じような状況だった。どこに隠れていたのか、わらわらと出てきた子どもたちは、メイズの腰にも届かないような背丈の者すらいる。皆一様に武器を持ち、玄武の者たちを攻撃していた。
「これだから、黒弦が嫌いなんだオレは!」
大きく舌打ちして、キッドが零す。向かってきた子どもを躱すと、腕を引っ掴んで海へ放り投げた。
「ガキは全員海へ投げろ! すぐに拾えば、この時期なら死なん!」
船上で丁寧に拘束している暇は無い。子どもとはいえ、武器を持っている。そして火からも逃がさなければならない。極寒の海ではあるが、まだ雪は薄い。海へ投げ込み無力化できれば、あとは小型船で海に待機していた八、九班が保護するだろう。この状況では、それが最善に思えた。
キッドの指示に従って、玄武の乗組員は子どもたちを海へ放り投げていく。メイズも銃は片手持ちにし、空いた手はなるべく子どもを抑えるために使った。間違って陸の方へ投げてしまえば大怪我では済まないし、海へ投げるのも絶対に安全とは言えない。祈るような思いで放るしかなかった。
掴んだ腕は細かった。子どもたちは、皆枯れ枝のようだった。それでも気力を振り絞って向かってくる。目に光がある。生きようとする必死さがある。脅されてのことではない。何かの希望をちらつかせている。
おそらく、褒美に食糧でも約束しているのだろう。そういうやり方をする。あの男は。フランツという悪魔は。
見上げてくる瞳が責めているように思えて、メイズは思わず目を閉じた。
「――ッ」
大腿部に焼けるような痛みが走った。ほんの一瞬の隙に、刺されたのだ。
その痛みに意識がはっきりとして、メイズは刺した子どもを掴んで投げた。ぼうっとはしていられない。
ここに、フランツがいないということは。
「キッド! 俺はコバルト号に戻る!」
「なに!?」
「向こうは俺たちの動きに気づいている! ここに船長がいないということは、あっちに向かっている可能性が高い!」
「わかった! 伝令は既に動かしている、四・五班を連れて行け! オレたちもここが片付いたらすぐに向かう!」
頷いて、メイズが船を降りようとすると。
「させねぇよ」
低い声と殺気に、咄嗟にメイズが体を逸らす。その脇を、銃弾が掠めた。
「船長のお楽しみを邪魔させたとあっちゃ、叱られちまうからなぁ」
「お前は……」
「よぉ、久しぶり。メイズ」
銃を振った男の顔には、ぼんやりだが見覚えがあった。メイズがいた頃からの、黒弦の乗組員だ。
さすがに、子どもだけを残しているということはなかった。さんざん子どもに振り回させた後、疲弊しているところを狙う心積もりだったのだろう。だとしたら、まだいる。
メイズは視線を走らせた。まだ、黒弦の乗組員が潜んでいる。
子どもだけなら無理やりにでも振り切って行けたが、黒弦の乗組員がいるなら話は別だ。勢いで降りようとすれば、背後から狙い撃ちされるだけ。
そうでなくとも。降りようとすれば、子どもを殺してみせることくらいはやる。平気で盾にもするだろう。全てを無視すれば、突破できるかもしれない。けれど、子どもを殺してしまったら、自分はもう奏澄の元へは戻れない。そんな気がした。
メイズは、逸る気持ちを抑えながら、両手に銃を構えた。この場を片付けるのが先だ。どの道、船には火がついている。長引かせることはできない。
――カスミ……!
無事を祈りながら、引き金を引いた。
黒の海域に入り、暗く淀んだ空をメイズは厳しい目で見上げた。積もれば戦闘の妨げになるが、まだそれほどの降り方ではない。それでも足場は気にしなければ、とメイズはブーツで甲板をこするようにした。
「このクソ寒いのによく外に出る気になるなオマエ」
「慣れてる」
「あっそ」
一蹴したメイズに、キッドはつまらなそうに鼻を鳴らした。
彼自身は寒さが苦手なのか、薪ストーブの前で猫のように丸まっている姿がしばしば見られた。燃料は限られているので、たまにロバートに文句を言われている。
「オレは無理だね。できることならずっとストーブの前を離れたくねぇ」
「……燃やすなよ」
「燃やさねぇよ! オレのこと何だと思ってんだ」
「さすが、パイプで船を燃やしかけた奴は言うことが違うな」
「てめええええ」
青筋を浮かべたキッドは、握りしめた拳をぶるぶると震わせた。
「用があって来たんじゃないのか」
「ああ、そうだった。この船を変えようと思うんだが。外装だけ変えるか、それともいくつかの船に分散するか」
「そうだな……。この規模の船で乗り付けるのはまずいだろう。外装を変えた上で、手前のシシドナ島に置いていった方がいい。そこからは小型船に分散して、時間差でニューラマード島に潜伏し、合流する」
「けどそうすると、途中で向こうに気づかれたら揃わない内に戦闘になる。イチかバチか、一気に乗り込んだ方が良くないか」
ふむ、とメイズは頷いて。
「それもそうだな」
「おい」
あまりに早い納得の仕方に、キッドは思わずつっこんだ。
「もうちょっと何かないのか」
「実のところどちらでもいい。あれの思考回路はトんでいるから、策を講じたところで、結局出たとこ勝負になる可能性が高い」
「あのな、何のためにオマエをこっちに乗せたと思ってんだ」
「俺にわかるのは、あれの性根が腐っているということくらいだ」
「そこは同感だ」
キッドが真面目くさって頷く。
「腐っているから、来ているとわかればまず罠を張る。一斉にぶつかると、そもそもまともな戦闘にならないかもしれない。だから可能な限り隠れて、分散した方がいいと思った」
「……なるほど」
「ただ、お前の言うことも間違いじゃない。罠はあるという前提で、いっそ一斉に飛び込んで、罠ごと力技で押し切るのも手だ。本隊は全部ぶつけても、周囲に玄武の傘下は置いておくんだろう。カバーができないわけじゃない」
キッドは考え込むように俯いた。今彼の頭の中では、自分の手持ちの札をどのように動かすかをシミュレートしている。軽い調子で人を欺いてはいるが、この男も四大海賊の一角だ。頭は回るだろう。
「最初にオマエが言った方でいこう。今日中に本隊を複数の班に分けておく。シシドナ島からはその班で動く」
「いいのか」
「力押しは一回試してるからな。今回はオマエの案に乗ってみることにしよう。頼りにしてるぜ、メイズ」
人が悪い笑みを浮かべたキッドに、メイズは嫌そうに顔を歪めた。
*~*~*
外装を変えたブルー・ノーツ号で航海をし、シシドナ島へ到着すると、用心のため船は隠した。そこから玄武海賊団は十の班に分かれ、順に小型船でニューラマード島へと向かった。黒弦がいるはずの港とは反対側の入り江に船を隠し、島へと上陸する。次に来る船はまた別の場所に船を隠し、船がまとまらないようにした。
襲撃は陸から行う。一から五班が船へ乗り込む。六、七班は陸にて待機。八、九班は小型船で海に待機。十班は状況に応じて周辺の島に控えている玄武の傘下への伝令。
黒弦の船――ブラック・トイフェル号は、静かに港に停泊していた。
静かだ、と思った。そのことに眉を顰める。情報では、船長を含めた船員のほとんどは、夜間は船にいるとのことだった。だが見張りの姿が見えない。
結局分散して乗り込んだ玄武が揃うまで、不気味なほどに動きは無かった。気づかれなかった、と思いたいところだが。
やはり、罠だろうか。船内には、誰もいないかもしれない。しかし、人の気配はあるように思う。
――やってみるしかない。
手で合図をし、船に火を投げ込む。爆薬が仕掛けられていればこれで反応がある。中の人間を炙り出すため、明かり代わりにもなる。それと同時に、襲撃班が突入する。火が回り切る前に、決着をつけなければ。玄武の人間も丸焼けになる。
「――!? 誰もいない……!?」
乗り込んだ甲板には、人の姿が無かった。しかし、耳を澄ませば息づかいが聞こえる。荒い息だ。火に誘き出されず、隠れているのか。
「やあああーーーーッ!」
大きな掛け声と共に飛び出してきた影に、メイズは反射的に銃を向けた。向けて、その姿勢のまま固まった。
――ガキ?
「メイズ!!」
怒鳴られて、メイズは咄嗟に足を動かした。可能な限り加減をして、向かってきた子どもを蹴り飛ばす。
それでも大きく吹っ飛ばされた子どもは、手にしたナイフを取り落として、激しく咳き込んだ。
メイズは動揺した。はっとして、周囲を見渡す。甲板は、どこも同じような状況だった。どこに隠れていたのか、わらわらと出てきた子どもたちは、メイズの腰にも届かないような背丈の者すらいる。皆一様に武器を持ち、玄武の者たちを攻撃していた。
「これだから、黒弦が嫌いなんだオレは!」
大きく舌打ちして、キッドが零す。向かってきた子どもを躱すと、腕を引っ掴んで海へ放り投げた。
「ガキは全員海へ投げろ! すぐに拾えば、この時期なら死なん!」
船上で丁寧に拘束している暇は無い。子どもとはいえ、武器を持っている。そして火からも逃がさなければならない。極寒の海ではあるが、まだ雪は薄い。海へ投げ込み無力化できれば、あとは小型船で海に待機していた八、九班が保護するだろう。この状況では、それが最善に思えた。
キッドの指示に従って、玄武の乗組員は子どもたちを海へ放り投げていく。メイズも銃は片手持ちにし、空いた手はなるべく子どもを抑えるために使った。間違って陸の方へ投げてしまえば大怪我では済まないし、海へ投げるのも絶対に安全とは言えない。祈るような思いで放るしかなかった。
掴んだ腕は細かった。子どもたちは、皆枯れ枝のようだった。それでも気力を振り絞って向かってくる。目に光がある。生きようとする必死さがある。脅されてのことではない。何かの希望をちらつかせている。
おそらく、褒美に食糧でも約束しているのだろう。そういうやり方をする。あの男は。フランツという悪魔は。
見上げてくる瞳が責めているように思えて、メイズは思わず目を閉じた。
「――ッ」
大腿部に焼けるような痛みが走った。ほんの一瞬の隙に、刺されたのだ。
その痛みに意識がはっきりとして、メイズは刺した子どもを掴んで投げた。ぼうっとはしていられない。
ここに、フランツがいないということは。
「キッド! 俺はコバルト号に戻る!」
「なに!?」
「向こうは俺たちの動きに気づいている! ここに船長がいないということは、あっちに向かっている可能性が高い!」
「わかった! 伝令は既に動かしている、四・五班を連れて行け! オレたちもここが片付いたらすぐに向かう!」
頷いて、メイズが船を降りようとすると。
「させねぇよ」
低い声と殺気に、咄嗟にメイズが体を逸らす。その脇を、銃弾が掠めた。
「船長のお楽しみを邪魔させたとあっちゃ、叱られちまうからなぁ」
「お前は……」
「よぉ、久しぶり。メイズ」
銃を振った男の顔には、ぼんやりだが見覚えがあった。メイズがいた頃からの、黒弦の乗組員だ。
さすがに、子どもだけを残しているということはなかった。さんざん子どもに振り回させた後、疲弊しているところを狙う心積もりだったのだろう。だとしたら、まだいる。
メイズは視線を走らせた。まだ、黒弦の乗組員が潜んでいる。
子どもだけなら無理やりにでも振り切って行けたが、黒弦の乗組員がいるなら話は別だ。勢いで降りようとすれば、背後から狙い撃ちされるだけ。
そうでなくとも。降りようとすれば、子どもを殺してみせることくらいはやる。平気で盾にもするだろう。全てを無視すれば、突破できるかもしれない。けれど、子どもを殺してしまったら、自分はもう奏澄の元へは戻れない。そんな気がした。
メイズは、逸る気持ちを抑えながら、両手に銃を構えた。この場を片付けるのが先だ。どの道、船には火がついている。長引かせることはできない。
――カスミ……!
無事を祈りながら、引き金を引いた。