私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~
宿屋の部屋の前で、奏澄は軽く深呼吸をした。ライアーは少し後ろでそれを見ている。震えそうになる手を握りしめて、ドアを数回ノックした。
「奏澄です。メイズ、戻ってますか?」
言い切らない内に、内開きのドアが勢いよく開いた。
ひどく焦ったようなメイズの顔を見て、奏澄の胸がずきりと痛んだ。
「……無事だったか」
「ご心配を、おかけしました」
長く息を吐くメイズを見て、今更ながら自分勝手な行動に罪悪感が募った。
「その話は後だ。後ろの男は、誰だ」
「あ、そうです。紹介しますね。彼はライアー、航海士だそうです。ライアー、この人が仲間のメイズです」
互いを紹介すると、ライアーが呆けたような顔でメイズを見ていた。
「ライアー?」
不思議に思って奏澄が声をかけると、ライアーはぎぎぎ、と音がしそうな固い動きで奏澄を見た。
「男じゃん!?」
「え? あ、うん、そうだけど……言ってなかったっけ?」
「聞いてない! 二人きりで旅してるって言うから、てっきり女の子かと……」
そこまで言って、ライアーは急に何かに気づいたようにはっとした。
「待って、じゃぁ喧嘩って要するに痴話喧嘩!? オレ今から痴話喧嘩に巻き込まれるの!?」
「カスミ、そいつ黙らせろ」
「ライアー、とりあえず落ちついて?」
何をどう勘違いしたのかはわからないが、ドア前で騒いでいたら不審なので、ひとまずライアーを部屋に引き入れ、メイズに事情を説明した。
「随分若いが、海図は書けるのか?」
「もちろん! 今数枚持ってるんで、見せましょうか?」
メイズはライアーから海図を受け取り、ざっと目を通す。なんだか面接でも見ているかのような気分で、奏澄は自分のことのように緊張していた。
「顔に似合わず繊細な海図を書くんだな」
「ひっでぇ!」
大げさにショックを受けて見せるライアーだが、メイズは意に介した様子はない。しかし、この評価なら問題無いということだろう。奏澄はほっと胸を撫で下ろした。
「こちらとしては、航海士の加入は願ってもない。だが、見ての通りまだ船団としては――何だ?」
「いや……オレどっかでアンタの顔見たことがあるような」
じっとメイズの顔を見ていたライアーは、記憶を辿るようにこめかみに指を当て唸った。
「男の顔はあんまり覚えないんだけど、確かにどこかで――」
言いながらメイズの腰元に目をやって、あっと声を上げた。
「そっか銃が違うから気づかなかった! メイズって黒弦の……ッ」
びり、と空気が震えた気がした。ライアーも気圧され、言葉を飲み込む。初めて出会った頃のような威圧感に、奏澄は知らず固唾を呑んだ。
「そうだ。そのメイズだ。知っているなら話が早い」
「な……なんで、こんなとこで、こんな女の子と」
事情は飲み込めないが、メイズが糾弾される気配を察して、奏澄が口を挟んだ。
「メイズは、私の護衛をしてくれてるの。私が、海に出たいって頼んだんだよ」
「カスミは、コイツがどんな海賊だったか、知ってるのか?」
「昔のことは……知らない。でも、指名手配されてるって聞いたから、あんまり良くないことしたのかなとは、思ってる」
「だったら」
「それでもいいの」
ライアーの言葉を、強い口調で遮った。
「いいの。メイズが何者でも、どんなことをしていても。それでも傍にいてほしいって、私が願ったの」
真剣な表情で言い切る奏澄に、ライアーは呆気にとられたように息を漏らした。メイズまでもが驚いた表情で自分を見ていることに気づき、奏澄は急に恥ずかしくなって俯いた。
「……オレ、今のろけられた?」
「ち、ちがう、ちがうから」
「ほんと? なんかダシにされた気がするんだけど」
「ちがうちがうちがう」
焦って否定する奏澄に、ライアーはわざとらしく唸って見せた後、一つ手を叩いた。
「よっし! まぁ人生色々、海賊も色々。カスミがこんだけ信じてるんだから、悪いお人じゃないんだろ。噂を聞いただけで、オレも会うのは初めてだしね」
「その噂は、多分真実だぞ」
「だったら尚更、二人きりにはしておけないし? オレも同行させてもらいますよ」
「いいんだな」
「男に二言は無い! ってことで、よろしく頼みますよ、メイズさん」
にっと笑って手を差し出すライアーに、溜息一つ吐いて、メイズは握手に応じた。
「んじゃさっそく次の話にうつりましょう。人手を探してるってことで、オレが懇意にしてる商会があるんです。そこに声をかけてみようかと思うんですが、どうです?」
「商会か。協力を得られるなら、資金周りでも心強いな」
「へぇ……資金面とか、気にするんだ」
じろり、とメイズに睨まれ、ライアーは軽く肩をすくめた。見ていた奏澄は少しはらはらしたが、おそらくジョークの範囲内なのだろう。
「ねぇ、その商会って、ギルドには」
「入ってないよ。入ってたら紹介できるわけないしね。アルメイシャを拠点にしちゃいるけど、販売より仕入れがメインで、結構遠方まで買い付けに行ったりするから、長期の航海でも条件が合えば来るだろ」
「今は島にいるのか」
「タイミングよく戻ってきたところなんですよ。でもまたすぐどっか行っちゃうかもしれないんで、会いに行くなら早い方がいいですね」
「わかった。案内を頼めるか」
「了解っす」
「奏澄です。メイズ、戻ってますか?」
言い切らない内に、内開きのドアが勢いよく開いた。
ひどく焦ったようなメイズの顔を見て、奏澄の胸がずきりと痛んだ。
「……無事だったか」
「ご心配を、おかけしました」
長く息を吐くメイズを見て、今更ながら自分勝手な行動に罪悪感が募った。
「その話は後だ。後ろの男は、誰だ」
「あ、そうです。紹介しますね。彼はライアー、航海士だそうです。ライアー、この人が仲間のメイズです」
互いを紹介すると、ライアーが呆けたような顔でメイズを見ていた。
「ライアー?」
不思議に思って奏澄が声をかけると、ライアーはぎぎぎ、と音がしそうな固い動きで奏澄を見た。
「男じゃん!?」
「え? あ、うん、そうだけど……言ってなかったっけ?」
「聞いてない! 二人きりで旅してるって言うから、てっきり女の子かと……」
そこまで言って、ライアーは急に何かに気づいたようにはっとした。
「待って、じゃぁ喧嘩って要するに痴話喧嘩!? オレ今から痴話喧嘩に巻き込まれるの!?」
「カスミ、そいつ黙らせろ」
「ライアー、とりあえず落ちついて?」
何をどう勘違いしたのかはわからないが、ドア前で騒いでいたら不審なので、ひとまずライアーを部屋に引き入れ、メイズに事情を説明した。
「随分若いが、海図は書けるのか?」
「もちろん! 今数枚持ってるんで、見せましょうか?」
メイズはライアーから海図を受け取り、ざっと目を通す。なんだか面接でも見ているかのような気分で、奏澄は自分のことのように緊張していた。
「顔に似合わず繊細な海図を書くんだな」
「ひっでぇ!」
大げさにショックを受けて見せるライアーだが、メイズは意に介した様子はない。しかし、この評価なら問題無いということだろう。奏澄はほっと胸を撫で下ろした。
「こちらとしては、航海士の加入は願ってもない。だが、見ての通りまだ船団としては――何だ?」
「いや……オレどっかでアンタの顔見たことがあるような」
じっとメイズの顔を見ていたライアーは、記憶を辿るようにこめかみに指を当て唸った。
「男の顔はあんまり覚えないんだけど、確かにどこかで――」
言いながらメイズの腰元に目をやって、あっと声を上げた。
「そっか銃が違うから気づかなかった! メイズって黒弦の……ッ」
びり、と空気が震えた気がした。ライアーも気圧され、言葉を飲み込む。初めて出会った頃のような威圧感に、奏澄は知らず固唾を呑んだ。
「そうだ。そのメイズだ。知っているなら話が早い」
「な……なんで、こんなとこで、こんな女の子と」
事情は飲み込めないが、メイズが糾弾される気配を察して、奏澄が口を挟んだ。
「メイズは、私の護衛をしてくれてるの。私が、海に出たいって頼んだんだよ」
「カスミは、コイツがどんな海賊だったか、知ってるのか?」
「昔のことは……知らない。でも、指名手配されてるって聞いたから、あんまり良くないことしたのかなとは、思ってる」
「だったら」
「それでもいいの」
ライアーの言葉を、強い口調で遮った。
「いいの。メイズが何者でも、どんなことをしていても。それでも傍にいてほしいって、私が願ったの」
真剣な表情で言い切る奏澄に、ライアーは呆気にとられたように息を漏らした。メイズまでもが驚いた表情で自分を見ていることに気づき、奏澄は急に恥ずかしくなって俯いた。
「……オレ、今のろけられた?」
「ち、ちがう、ちがうから」
「ほんと? なんかダシにされた気がするんだけど」
「ちがうちがうちがう」
焦って否定する奏澄に、ライアーはわざとらしく唸って見せた後、一つ手を叩いた。
「よっし! まぁ人生色々、海賊も色々。カスミがこんだけ信じてるんだから、悪いお人じゃないんだろ。噂を聞いただけで、オレも会うのは初めてだしね」
「その噂は、多分真実だぞ」
「だったら尚更、二人きりにはしておけないし? オレも同行させてもらいますよ」
「いいんだな」
「男に二言は無い! ってことで、よろしく頼みますよ、メイズさん」
にっと笑って手を差し出すライアーに、溜息一つ吐いて、メイズは握手に応じた。
「んじゃさっそく次の話にうつりましょう。人手を探してるってことで、オレが懇意にしてる商会があるんです。そこに声をかけてみようかと思うんですが、どうです?」
「商会か。協力を得られるなら、資金周りでも心強いな」
「へぇ……資金面とか、気にするんだ」
じろり、とメイズに睨まれ、ライアーは軽く肩をすくめた。見ていた奏澄は少しはらはらしたが、おそらくジョークの範囲内なのだろう。
「ねぇ、その商会って、ギルドには」
「入ってないよ。入ってたら紹介できるわけないしね。アルメイシャを拠点にしちゃいるけど、販売より仕入れがメインで、結構遠方まで買い付けに行ったりするから、長期の航海でも条件が合えば来るだろ」
「今は島にいるのか」
「タイミングよく戻ってきたところなんですよ。でもまたすぐどっか行っちゃうかもしれないんで、会いに行くなら早い方がいいですね」
「わかった。案内を頼めるか」
「了解っす」