私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~
第三章 セントラル

セントラル

 そうして暫くの間、奏澄は船の雑用をこなしながら、メイズから文字を教わった。
 船旅は比較的順調だった。マリーの部下たちは海に慣れていたし、ライアーの航海術も確かなものだった。海が荒れてもてきぱきと動き、船室に篭って何もできない奏澄が申し訳ないくらいだった。ゆくゆくは役に立てるようになりたいが、一気に何もかもできるようにはならない。焦らない、焦らない、と自分に言い聞かせた。
 赤の海域を越え、白の海域へ入り、そして。

「セントラルが見えてきたぞー!」

 ついに目的の国が見えてきた。世界随一の大国。期待に胸が高鳴り、奏澄は船から身を乗り出した。心なしか眩しく見え、目を細める。
 出入りの多い国なのだろう、港まではまだ距離があるが、既に周辺に他の船が見えている。流れに沿って、他の船と同じように港につけると思っていたが、奏澄の船は別の方へと向かっていた。

「ライアー、この船ってどこから入るの?」
「あー、大丈夫だとは思うんだけど、念のためね。正面口じゃなくて、目立たない所に泊めるよ」

 メイズがいるからだ。ぴんときて、奏澄は気を引き締める。
 ライアーは言わなかったが、おそらくそういうことだろう。この船は海賊から奪ったものだが、海賊旗は外してあるし、外装も多少変えている。海賊だと思われることはまずないだろう。乗っているのも商人がほとんど。それでも、指名手配されているメイズがいる。何が起こるかわからない。そのつもりで、いなければ。

 人気(ひとけ)の無い入り江近くに船を隠し、大陸へ上陸する奏澄たち。いざセントラルへ入国すると、奏澄はその光景に目を奪われた。

「白……っ!」

 白、白、白。建物も、舗装された道路も、そのほとんどが白い。船上から見た時、眩しい、と感じたのは気のせいではなかったのだ。

「初めて来るとそうなるよなー。ちなみに、汚すと罰金取られるから気をつけて」
「えっ」
「故意に落書きしたり、ゴミ散らかしたりしなきゃ大丈夫だよ。脅かすんじゃないよ、まったく」
「痛てッ」

 奏澄をからかうライアーに、マリーが鉄拳を下した。わざと汚すようなことはしないから、多分大丈夫だろうと思いながらも、罰金と言われると慎重になってしまうのが人の心理だろう。この白さには、そういった意味もあるのかもしれない。

「んじゃ打合せ通りに動きますか。あたしら商会チームは、商人たちに情報収集、ついでに良さげなものがあれば仕入れ」
「オレは海図の売却と入手」
「私とメイズは大図書館で資料探し……だよね」

 言いながら、奏澄はちらりとメイズを見た。顔を布で隠してはいるが、一番の要注意人物が一番危険な公的施設に赴くのは本当に良いのだろうか。
 打合せの時にも意見したが、適材適所を考えるとマリーとライアーを奏澄に付き添わせるわけにはいかず、奏澄が一人で行動するのはメイズが渋った。結果、入口のセキュリティで引っかかる可能性があるから、近辺で待機している分には良いのでは、ということになった。
 民間人を無下にする所ではない、と言ったのはメイズだ。なら、奏澄が一人で行動することに危険は無いはずだ。それでも一人にしないようにしているのは、信用が無いのか、それとも。
 好意的に解釈するなら、なるべく傍にいるようにしてくれているのかもしれない。
 奏澄としては、それはあくまで離れ離れになるようなことは許さないということであって、少しの間別行動するくらいなら別に構わないのだが。アルメイシャ島で勝手に離れて心配をかけた身としては、あまり強くは言えない。この島も、決して安全とは言い切れないのだから。

「万が一やばい状況になったら、発煙筒を使うこと。何も無くても、夕刻までには一度船に戻る。OK?」
「うん。それじゃあみんな、よろしくお願いします!」

 仕切りはてきぱきとマリーが行ったが、最後は奏澄の一言で、全員散った。
 奏澄とメイズも、大図書館へと向かう。

 中心街を歩きながら、奏澄は美しい街並みに心を躍らせていた。あちこちに目移りしてしまう。

「気に入ったのか」
「えっ。えと、うん。綺麗な所だな、と思って」

 最初こそその白さに驚いたが、海の青さとのコントラストが際立っており、至る所に鮮やかな花も飾られている。建物のデザインも洗練されており、華美さは無いが優雅に見える。非常に景観に気を配っている街だと思われる。
 だが、メイズの手前、手放しで褒めることが少々ためらわれた。別に因縁があるわけではなさそうだが、追う者と追われる者だと思うと、どうしても気をつかってしまう。

「メイズは、こういう街並みは苦手?」
「そうだな。どうにも、潔癖に思えて」
「そ、っか」

 育った環境が違うのだから、好みが違うのは当たり前だ。けれど、綺麗だと感じたものを、綺麗だと感じてくれたら、嬉しい。それもまた、当たり前の感情だった。
 しゅんとした奏澄を見兼ねたのか、メイズが言葉を選ぶようにして口を開いた。

「俺は、こことは正反対の場所にいたんだ。だから、綺麗なものってのに馴染みが無くてな」

 正反対の場所。セントラルと正反対の場所。――白の海域の、正反対?

「別に嫌いなわけじゃない。だから、お前は好きなものを好きなように見て回ればいい」
「そんなの……私だけが、楽しくたって」

 一緒だから、楽しい。共有できると、嬉しい。この感覚も、メイズには無いものなのだろうか。

「なら、お前が教えてくれ」
「え?」
「どんなものが好きで、どんなものを綺麗だと感じるのか。カスミの目を通すと、世界がどう見えるのか。お前が教えてくれるなら、俺にもいつかわかるかもしれない」

 優しい目をしたメイズに、奏澄は胸が締めつけられた。自分だって、世界を肯定的に見られているわけじゃない。汚い部分ばかり目についたりもする。都合のいい部分だけを切り取って、好きだと言うこともある。
 だけど、そんな風に言われたら。美しいものだけを、たくさん、たくさん、与えたくなる。
 この人の目に、悲しいものが映らないように。

「わかった。なら、メイズも教えてね」
「俺が?」
「メイズが好きなもの、嫌いなもの。そういうのも、私知りたいから」

 同じじゃなくていい。違う分だけ、与え合うことができる。そうして、同じが増えたら、もっと嬉しい。
 奏澄とメイズは、まだ出会ったばかりだ。この先、もっと時間を共有して、お互いのことを知っていくだろう。
 例え知りたくないことがあったとしても。それまでにたくさん知っておけば、きっと怖くない。
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