私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~
新入団員試験
いくつかの島を経由して。立ち寄った島で、奏澄は予想だにしない事態に遭遇した。
「オレを、たんぽぽ海賊団の仲間にしてください!」
「えーーっと」
港についてすぐ。目の前で頭を下げる少年に、奏澄は困惑した様子を隠せなかった。
今まで、奏澄は必要最低限の仲間で航海してきたし、必要だと思う人材にだけ声をかけてきた。なのでまさか、何の募集もかけていないし、勧誘もしていないのに、仲間になりたいなんて言う人がいるとは夢にも思わなかった。
何と答えたものか、と迷う奏澄の前に、ずいとラコットが出てきた。
「帰れ帰れ、ガキの遊び場じゃねぇんだよ」
「ちょっとラコットさん、いきなりそれは」
「オレ、どうしても海賊になりたいんです!」
食い下がる少年に、奏澄は眉を下げた。
「あなた、いくつ?」
「もう十五です! 船乗りになるには充分です!」
「十五かぁ」
奏澄の感覚では、中高生は立派な子どもだ。身長は奏澄より高いが、顔立ちはまだ幼さが残る。
「ご両親はなんて?」
「……親なんて、どうでもいいだろ。オレは、海に出たいんだ!」
この反応を見て、奏澄は彼が目的があって海賊になりたいのではなく、反抗期の一種なのでは、という疑いを強くした。
しかし、子どもだからといって、適当にあしらっていい理由にはならない。
「どうしてうちに?」
たんぽぽ海賊団はまだ旗を掲げたばかりで、名が知られているとは思えない。海賊船を発見して行き当たりばったりに申し込んできたのだとしたら、少年の行動はかなり危険だ。
子ども扱いされたことにまだ不機嫌そうな顔をしているものの、奏澄が門前払いする気は無いことを理解したのか、少年は問いかけに応じた。
「最近手配書が出たばっかりだから、新しい団なんだろ。だったら、オレみたいなのでも下働きとして雇ってくれるかもって。それに……」
ちら、と少年は奏澄の顔を見た。言葉を濁した少年に、奏澄は先を促す。
「それに?」
「いや、なんでもない」
少年は、ごまかすように首を振った。奏澄は首を傾げたが、ラコットは目を眇めていた。
「そっか、私の手配書見たんだ。でも、よくそれで海賊だって思ったね」
「なんだ、知らないのか? アンタと、後ろのオッサンも。同じ海賊団として手配されてたぜ」
「ラコットさんが?」
奏澄は驚きを隠せなかった。以前ギルドで確認した時には、奏澄とライアーの二人しか載っていなかったはずだ。しかし、思い返せば少年は確かに『たんぽぽ海賊団』と言った。偶然見かけただけなら、その名を知るはずはない。
「ラコットさん、知らない内に何かしました……?」
「おいおい、知らないってことはないだろ。多分、カスミといた時だぜ」
「え?」
「ほら、お前が迷子になった島。言ってたんだよ、『目が厳しい』って」
「ま、迷子って……それは置いといて、どういうことですか?」
「相互監視、だったか。要は役人への告げ口が多いんだと。俺が『たんぽぽ海賊団』だって名乗ったのを聞いてたんだろ」
「それだけで……」
あの時のラコットは、小さな騒ぎこそ起こしたものの、最終的には和解をしたし、手配されるほどのことだとは思えない。
島では奏澄は変装していたため、手配書と結びつかなかったが、旗を掲げるようになったことで仲間と判明しマークされてしまったのだろう。
つまり、たんぽぽ団は、いよいよ海賊団としてお尋ね者集団になった、ということだ。
「あ、あのさ!」
「ん?」
「同じ団に、元黒弦のメイズがいるって見たんだけど……マジ?」
少年の目には、疑いの中に、ちらちらと憧れの光が混在している。なるほど、メイズが隠れている理由がわかった、と奏澄は苦笑した。これを予期しての行動かどうかは不明だが、海賊を目指す少年の前には出ない方が良いと判断したのだろう。
「会いたいの?」
「マジ!? 会えんの!?」
少年の目が輝きを増した。メイズからはっきり断りを入れれば少年も諦めるだろう、と思った奏澄だったが、ラコットがそれを遮った。
「おう坊主、お前ごときがそう簡単にメイズに会えると思うなよ」
「な……っ」
「え、ちょっとラコットさん?」
困惑する奏澄に、ラコットは唇を吊り上げた。
「カスミ、こいつは俺に預からしちゃくんねぇか」
「え?」
「ちょうど留守番だしな。その間に、ここでやっていけるか見極めてやるよ。坊主、名前は?」
「ディーノだ」
「ディーノ。この島に滞在する三日間、お前を見習いとして俺の元で働かせる。それで、最終的に船に乗るかどうかは、お前が決めろ」
「え……? オレが、自分で決めるのか?」
ディーノは目を瞬かせた。見極める、と言うからには、ラコットが決めるのではないのか。奏澄も同じ疑問を抱き、怪訝そうにラコットを見る。
「そうだ。どうする?」
「やるやる! やります!」
「よし、決まりだ!」
一も二もなく、ディーノは返事をした。それはそうだろう。ディーノは船に乗りたがっている。自分で決めて良いと言うのなら、例え無理難題を押し付けられたとしても、三日間耐え切れば念願の船に乗れるのだ。しかし、ラコットが何の考えも無しにそんなことを言い出すとも思えない。
「ラコットさん。任せて、大丈夫なんですね?」
「おう! カスミは安心して、メイズと街でのんびりしてこい」
「……わかりました。よろしくお願いしますね」
奏澄の言葉に、ラコットは笑顔で答えた。
*~*~*
「おーい、見習い! こっち片付け終わってないぞー!」
「はーい! ただいま!」
「見習い! ちょっと来ーい!」
「はいはーい!!」
「おい何だぁその返事は!」
言いながら、乗組員はからからと笑っている。本気でいびっているわけではないらしいが、皆新しく来た年若い見習いが珍しいのか、仕事を押し付けたりして可愛がっている。
こうなることはある程度予想していたので、青筋を立てながらも、ディーノは黙々と作業していた。
「訓練始めるぞー!」
上甲板から聞こえたラコットの大声で、乗組員たちが上甲板に集まっていく。ディーノは雑用を続けるべきかどうか迷ったが、訓練の様子にも興味があったので、乗組員たちと共に上甲板へ上がった。
「おう、来たか見習い」
「はい。あの、オレも参加……っすかね」
「当たり前だろ。ガキだからって手加減しねぇぞ」
楽しげなラコットに、ディーノは渋い顔をした。そして宣言通り、ラコットは自分の舎弟たちと変わりなくディーノを扱った。鬼のような筋トレを終えた後、ディーノは既に倒れこんでしまいたかったが、他の乗組員たちは手合わせを始めた。
「お前は俺が直々に手合わせしてやる」
「え……いやぁ、ラコットさんの手を煩わせるまでも」
「遠慮すんな! どーんとぶつかってこい!」
「……おねしゃっす」
嫌々ながら、ディーノはラコットに向き直った。しかし、ディーノには格闘技の経験が無いので、何をどうしたら良いのかもわからない。取り合えず喧嘩の要領で適当にかかっていくか、とやる気なく殴りかかったところ。
「え」
気がついたら、空を見ていた。一瞬だった。何をされたのかもわからないまま、ディーノは甲板に転がっていた。
「おいおい、せめて全力出せ見習い。でないと」
すっとラコットの目から温度が消えた。
「死ぬぞ」
ぞ、っと背筋が寒くなった。この男は海賊なのだと、初めて思った。
無言のまま立ち上がって、ディーノは今度は気を引き締めて、ラコットに向かい合った。
「お、いいねぇ。やっとやる気出したか」
ぐっと力を込めて、ディーノはラコットに向かっていった。
「オレを、たんぽぽ海賊団の仲間にしてください!」
「えーーっと」
港についてすぐ。目の前で頭を下げる少年に、奏澄は困惑した様子を隠せなかった。
今まで、奏澄は必要最低限の仲間で航海してきたし、必要だと思う人材にだけ声をかけてきた。なのでまさか、何の募集もかけていないし、勧誘もしていないのに、仲間になりたいなんて言う人がいるとは夢にも思わなかった。
何と答えたものか、と迷う奏澄の前に、ずいとラコットが出てきた。
「帰れ帰れ、ガキの遊び場じゃねぇんだよ」
「ちょっとラコットさん、いきなりそれは」
「オレ、どうしても海賊になりたいんです!」
食い下がる少年に、奏澄は眉を下げた。
「あなた、いくつ?」
「もう十五です! 船乗りになるには充分です!」
「十五かぁ」
奏澄の感覚では、中高生は立派な子どもだ。身長は奏澄より高いが、顔立ちはまだ幼さが残る。
「ご両親はなんて?」
「……親なんて、どうでもいいだろ。オレは、海に出たいんだ!」
この反応を見て、奏澄は彼が目的があって海賊になりたいのではなく、反抗期の一種なのでは、という疑いを強くした。
しかし、子どもだからといって、適当にあしらっていい理由にはならない。
「どうしてうちに?」
たんぽぽ海賊団はまだ旗を掲げたばかりで、名が知られているとは思えない。海賊船を発見して行き当たりばったりに申し込んできたのだとしたら、少年の行動はかなり危険だ。
子ども扱いされたことにまだ不機嫌そうな顔をしているものの、奏澄が門前払いする気は無いことを理解したのか、少年は問いかけに応じた。
「最近手配書が出たばっかりだから、新しい団なんだろ。だったら、オレみたいなのでも下働きとして雇ってくれるかもって。それに……」
ちら、と少年は奏澄の顔を見た。言葉を濁した少年に、奏澄は先を促す。
「それに?」
「いや、なんでもない」
少年は、ごまかすように首を振った。奏澄は首を傾げたが、ラコットは目を眇めていた。
「そっか、私の手配書見たんだ。でも、よくそれで海賊だって思ったね」
「なんだ、知らないのか? アンタと、後ろのオッサンも。同じ海賊団として手配されてたぜ」
「ラコットさんが?」
奏澄は驚きを隠せなかった。以前ギルドで確認した時には、奏澄とライアーの二人しか載っていなかったはずだ。しかし、思い返せば少年は確かに『たんぽぽ海賊団』と言った。偶然見かけただけなら、その名を知るはずはない。
「ラコットさん、知らない内に何かしました……?」
「おいおい、知らないってことはないだろ。多分、カスミといた時だぜ」
「え?」
「ほら、お前が迷子になった島。言ってたんだよ、『目が厳しい』って」
「ま、迷子って……それは置いといて、どういうことですか?」
「相互監視、だったか。要は役人への告げ口が多いんだと。俺が『たんぽぽ海賊団』だって名乗ったのを聞いてたんだろ」
「それだけで……」
あの時のラコットは、小さな騒ぎこそ起こしたものの、最終的には和解をしたし、手配されるほどのことだとは思えない。
島では奏澄は変装していたため、手配書と結びつかなかったが、旗を掲げるようになったことで仲間と判明しマークされてしまったのだろう。
つまり、たんぽぽ団は、いよいよ海賊団としてお尋ね者集団になった、ということだ。
「あ、あのさ!」
「ん?」
「同じ団に、元黒弦のメイズがいるって見たんだけど……マジ?」
少年の目には、疑いの中に、ちらちらと憧れの光が混在している。なるほど、メイズが隠れている理由がわかった、と奏澄は苦笑した。これを予期しての行動かどうかは不明だが、海賊を目指す少年の前には出ない方が良いと判断したのだろう。
「会いたいの?」
「マジ!? 会えんの!?」
少年の目が輝きを増した。メイズからはっきり断りを入れれば少年も諦めるだろう、と思った奏澄だったが、ラコットがそれを遮った。
「おう坊主、お前ごときがそう簡単にメイズに会えると思うなよ」
「な……っ」
「え、ちょっとラコットさん?」
困惑する奏澄に、ラコットは唇を吊り上げた。
「カスミ、こいつは俺に預からしちゃくんねぇか」
「え?」
「ちょうど留守番だしな。その間に、ここでやっていけるか見極めてやるよ。坊主、名前は?」
「ディーノだ」
「ディーノ。この島に滞在する三日間、お前を見習いとして俺の元で働かせる。それで、最終的に船に乗るかどうかは、お前が決めろ」
「え……? オレが、自分で決めるのか?」
ディーノは目を瞬かせた。見極める、と言うからには、ラコットが決めるのではないのか。奏澄も同じ疑問を抱き、怪訝そうにラコットを見る。
「そうだ。どうする?」
「やるやる! やります!」
「よし、決まりだ!」
一も二もなく、ディーノは返事をした。それはそうだろう。ディーノは船に乗りたがっている。自分で決めて良いと言うのなら、例え無理難題を押し付けられたとしても、三日間耐え切れば念願の船に乗れるのだ。しかし、ラコットが何の考えも無しにそんなことを言い出すとも思えない。
「ラコットさん。任せて、大丈夫なんですね?」
「おう! カスミは安心して、メイズと街でのんびりしてこい」
「……わかりました。よろしくお願いしますね」
奏澄の言葉に、ラコットは笑顔で答えた。
*~*~*
「おーい、見習い! こっち片付け終わってないぞー!」
「はーい! ただいま!」
「見習い! ちょっと来ーい!」
「はいはーい!!」
「おい何だぁその返事は!」
言いながら、乗組員はからからと笑っている。本気でいびっているわけではないらしいが、皆新しく来た年若い見習いが珍しいのか、仕事を押し付けたりして可愛がっている。
こうなることはある程度予想していたので、青筋を立てながらも、ディーノは黙々と作業していた。
「訓練始めるぞー!」
上甲板から聞こえたラコットの大声で、乗組員たちが上甲板に集まっていく。ディーノは雑用を続けるべきかどうか迷ったが、訓練の様子にも興味があったので、乗組員たちと共に上甲板へ上がった。
「おう、来たか見習い」
「はい。あの、オレも参加……っすかね」
「当たり前だろ。ガキだからって手加減しねぇぞ」
楽しげなラコットに、ディーノは渋い顔をした。そして宣言通り、ラコットは自分の舎弟たちと変わりなくディーノを扱った。鬼のような筋トレを終えた後、ディーノは既に倒れこんでしまいたかったが、他の乗組員たちは手合わせを始めた。
「お前は俺が直々に手合わせしてやる」
「え……いやぁ、ラコットさんの手を煩わせるまでも」
「遠慮すんな! どーんとぶつかってこい!」
「……おねしゃっす」
嫌々ながら、ディーノはラコットに向き直った。しかし、ディーノには格闘技の経験が無いので、何をどうしたら良いのかもわからない。取り合えず喧嘩の要領で適当にかかっていくか、とやる気なく殴りかかったところ。
「え」
気がついたら、空を見ていた。一瞬だった。何をされたのかもわからないまま、ディーノは甲板に転がっていた。
「おいおい、せめて全力出せ見習い。でないと」
すっとラコットの目から温度が消えた。
「死ぬぞ」
ぞ、っと背筋が寒くなった。この男は海賊なのだと、初めて思った。
無言のまま立ち上がって、ディーノは今度は気を引き締めて、ラコットに向かい合った。
「お、いいねぇ。やっとやる気出したか」
ぐっと力を込めて、ディーノはラコットに向かっていった。