私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~
「メイズ!!」

 悲鳴にも似た声で、奏澄が叫んだ。駆け寄ろうとする体を、レオナルドが押さえる。
 零れ落ちた涙を拭うこともせず、奏澄は泣き喚いた。

「メイズを殺したら、絶対許さないから! 絶対絶対、許さないから!!」

 先に仲間を殺されたのは向こうだ。今の奏澄と、同じ思いをしたのかもしれない。だからこの言葉は、全くの筋違いだとも言える。けれど、そんなことは関係無かった。ただひたすらに、憎悪した。

 強い憎しみを込めながらも幼稚なその言葉に、キッドは苦笑して、メイズの手から剣を引き抜いた。

「レオ、嬢ちゃん放してやれ」

 レオナルドは怪訝な顔でキッドを見た。それにキッドがひとつ頷いたので、迷いながらも腕を解く。もつれるようにして走り出し、奏澄はメイズに駆け寄った。その勢いに、キッドが一歩引く。

「メイズ!!」
「……この、馬鹿……」
「馬鹿はどっち! ばか! ばかぁ!」

 ろくな言葉が出てこない。どうやら感情が昂ると、言動が子ども返りするようだ。自分のことなのに知らなかった。元の世界では、これほどまでに激しい感情を抱くことが無かったからだろうか。

「ロバート、ソイツも放してやれ」
「……キッド」
「わかってる。銃は回収しとけよ」

 メイズからリボルバーを二丁とも奪うと、ロバートと呼ばれた隻眼の男は、渋々拘束を解いた。
 ロバートがメイズから離れると、奏澄は思い切り飛びついた。立ち上がろうとして、まだ体勢が整っていなかったメイズが、勢いに押されて仰向けに倒れ込む。

「……おい」

 覆い被さるようにしてわんわん泣く奏澄に、メイズは弱り切ったように溜息を吐いた。
 拘束は解けたが、武器は奪われ、敵に囲まれたまま。まだ危機は何も去っていない。こんな間の抜けたことをしている場合ではないのだろうが、予想に反して、メイズは怪我をしていない方の手で奏澄の頭を撫でた。
 それが、まるで最期を覚悟しているかのように思えて、奏澄は余計に泣いた。

「だっはっはっは! 随分丸くなったなぁオマエ!」

 豪快に笑うキッドに、メイズは苛立ったように眉を寄せた。
 しかし、息を吐いて、落ちついた声で返す。

「見ての通りの、まだガキだ。こんなのに何も背負わせることないだろ。俺だけで充分だ」
「ダメ! っぶ」
「黙ってろ」

 口を挟んだ奏澄の頭をメイズが押さえこんだので、奏澄はメイズの胸元に鼻をぶつけた。
 メイズの切実な願いに、キッドはあっけらかんと答えた。

「ま、もともとその嬢ちゃんに何かする気は無いんだけどな」

 唖然とする二人を見つつ、キッドは剣の血を拭い鞘に収めた。
 収めた、ということは、これ以上争いの意志は無いのだろう。
 意図を問うように、メイズは身を起こしつつキッドを睨んだ。

「試すような真似をして悪かったな。オレたちは、オマエがどうしているのか、この海賊団がどういう集団なのか、知っておきたかったんだ」
「……どういうことだ」
「オレたちは、黒弦を潰したいのさ。だが、お前が別の海賊団にいると知ってな。そこを第二の黒弦にされたら、意味が無い。黒弦と決別したとは聞いちゃいるが、オマエは黒弦の象徴のような男だったし、求心力がある。オマエを中心に立て直されたら困るんだよ」

 その言葉に、メイズは顔を顰めた。古巣を思い出しているのだろう。
 奏澄は、メイズが黒弦だったとは聞いていたが、それほど重要な立ち位置だったとは知らなかった。その動向を、四大海賊が気にかけるほどの存在だったのか。

「だが、どうやら杞憂だったようだ。その嬢ちゃんがいる限り、昔のような振る舞いをするこたねぇだろ。仲間にも恵まれたようだしな」

 言って、キッドはラコットたちの方に視線を向けた。玄武の乗組員に囲まれ身動きは取れなかったものの、仲間たちはずっと隙を窺っていた。どうにかして、力になれるようにと。
 メイズのことで頭がいっぱいだったが、改めてその存在を視認して、奏澄はほっとした。皆が、メイズを守ろうとしてくれた。そのことが、嬉しかった。

 奏澄がメイズの手に応急処置でハンカチを巻いていると、キッドが一つ手を叩いた。

「さて。詫びと言っちゃナンだが、これからオレたちの船で宴を開こうと思う。良かったら、そっちの乗組員も全員参加してくれ」
「……は?」

 奏澄は、思い切り顔を歪めて聞き返した。

「この状況から宴って、どういう神経してるんですか」
「睨むな睨むな。もうちょっと嬢ちゃんらの人となりを知りたいんだよ。付き合ってくれ」
「信用できません。毒でも仕込むんじゃないですか」
「そんな面倒なことするかよ。戦力差は見せただろ? 殺す気があるなら、このまま殲滅した方が早い」

 さらっと言われた言葉に、奏澄は口を噤んだ。この人は、圧倒的に優位な立場から喋っている。

「……でも、許したわけでは、ないんでしょう」
「そりゃ当然だ。恨んでるし、この先も許すことは無い」

 キッドの言い分は至極当たり前だ。やったことは消えない。傷は一生残る。先ほど奏澄が感じた痛みを、それ以上を、玄武の乗組員たちは受けている。
 それを堪えてでも、相手を理解しようとする度量があるのか。

「……敵いませんね」

 奏澄が零した言葉に、キッドは得意げに笑った。そうすると少年のような幼さが垣間見える。獰猛な獣のようだった目も、細められれば豹も猫科であったと思わせた。なるほど、船長に相応しい、魅力的な人物だ。

「イイ男だろ。惚れるなよ?」
「それは絶対にありえないので安心してください!」

 奏澄は笑顔で言い切った。
 目とは違い、手の傷はいずれ直る。想定された被害からすれば、随分と軽い()()()だ。
 それでも、奏澄にとっては許しがたい。和解はするが、好意は持てない。奏澄の精神は、まだキッドほど成熟してはいないのだ。暫くは態度が悪くても仕方がない。
 そういったことを何もかも見透かしたように笑うキッドに、奏澄はますますむくれるのだった。
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