私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~
「乾杯!」

 キッドの音頭で、異様な緊張感の中、宴は開催された。

 あの後奏澄は船室にいた乗組員たちにも事情を説明し、たんぽぽ海賊団は全員でブルー・ノーツ号での宴に参加することになった。
 罠ではないか、とする声もあったが、それは奏澄とメイズが否定した。罠を張るタイプではない。そもそも、罠を張らずとも勝てる。

 参加するにあたり、提示された条件は四つ。
 一つ、双方武器は持たないこと。
 二つ、メイズの銃は宴が終わってから返却すること。
 三つ、宴の間、奏澄はメイズの()()()を封じていること。

 強制されたわけではないが、銃の返却がある以上、実質和解のための条件だと見ていいだろう。各々思うところはあるものの、最終的に全員承服した。

 ブルー・ノーツ号の上甲板ではそれぞれの乗組員が混ざりあい、各所で小さな輪を作っていた。奏澄は約束通りメイズの利き手を封じた状態で――つまり、メイズの右腕に抱きついたまま、玄武の船長と同席していた。

 この条件は嫌がらせ以外の何ものでもないだろう。メイズは右手を負傷していて銃を扱える状態ではない。そもそも銃は玄武の手にある。なのにわざわざ奏澄の口にした『利き手』という言葉を使って条件を指定してきたのは、『面白いから』以外の理由は無いに違いない。
 右手はしっかり手当てしてあるが、それでも傷口に触れれば痛むだろう。腕を絡めている奏澄の方も、相当に気をつかっている。

 キッドの横にはロバートがいた。おそらく、彼がキッドの右腕なのだろう。
 キッドはジョッキを早々に飲み干すと、奏澄に酌を頼んだ。

「嬢ちゃん嬢ちゃん、注いでくれ!」
「嫌です。誰かさんの条件のせいで片手しか使えないので。自分でやってください」
「可愛くねぇなぁ。せっかく見た目は可愛いのに」
「それ。なんなんですか最後の条件!」

 そう。提示された条件は四つ。
 四つ、女性は着飾って列席すること。

 奏澄は、あの日ライアーに選んでもらった服を着て、メイクも施していた。この場にはいないが、他の女性陣も同じようにめかし込んでいる。

「いいじゃねぇか。ウチの船には女がいねぇんだよ。楽しく酒飲んでる時くらい、目の保養が欲しいだろ」
「女性は飾り物でも給仕係でもありません。言っておきますが、私の仲間に手を出したら潰しますよ」
「何を……って聞かない方が良さそうだ。意外に血の気多いのな、嬢ちゃん」

 仕方なしに手酌して、キッドは半目で奏澄を見た。

「しかしそうしてると大人に見えるな。やっぱすげぇな女は」
「大人ですけど」
「大人ぶりたい年頃かぁ。わかるぜ。けど、今日はジュースで我慢しとけよ」
「二十代ですのでお酒は飲めます」

 奏澄の発言に、キッドはジョッキを取り落とした。寡黙なロバートも、僅かに目を見開いている。

「詐欺だろ!!」
「私は一度も年齢の話はしてませんよ。そっちが勝手に勘違いしたんじゃないですか」
「だってメイズもガキだって……あーでも、言われてみりゃ確かに、結構胸ある」

 ガン!!

 ジョッキを甲板に叩きつける音に、一瞬周囲が静まり返る。
 音の発生源の一番近くにいた奏澄は体を硬直させた。

「……キレるなよ。嬢ちゃんまでびびってるじゃねぇか」

 キッドは慣れたものなのか、全く臆することなく呆れ顔でメイズに忠告した。
 メイズはじろりとキッドを睨んだだけで返事はせず、代わりに奏澄が答えた。

「メイズは今ぶちギレモードなので、あまり刺激しない方がいいですよ」

 その言葉に反応したのは、ロバートの方だった。

「妙だな。こちらが怒りを抑えることはあっても、そちらが怒る道理は無いと思うが」

 玄武の報復行為には正当性があり、譲歩しているのは自分たちの方だと言いたいのだろう。それはそれでカチンとくるが、誤解で争うのは本意ではないので奏澄は説明を加える。

「あなた方にじゃないです、私に怒ってるんです」
「嬢ちゃんに?」

 首を傾げるキッドに、奏澄は言いづらそうに答えた。

「私が、メイズの代わりに目を差し出すと言ったことを、怒ってるんですよ」
「……なんだ、わかってるじゃねぇか」

 地を這うような声で不機嫌に呟くメイズに、奏澄は僅かに身震いした。玄武の船で説教をかますわけにはいかないから、ずっと黙っているのだろう。しかしこの怒気にあてられながら腕を絡めているのは精神的にきついものがある。本当に余計な条件を出してくれた。

「女に守ってもらったくせに、器の小せぇヤツだな」

 びり、と怒気が増して、奏澄は内心悲鳴を上げた。

「嬢ちゃんに怒ってるんじゃなくて、自分に怒ってるんだろ」

 挑発するようなキッドの言葉に、メイズは反応を示した。

「嬢ちゃんがそうした原因は、オマエにあるんだもんな。守り切れなかった自分が不甲斐ないか」

 当たっているのか、ぐっとメイズが拳を握りしめた。傷が開いてしまう、と奏澄は慌ててその手を開かせようとした。
 自分を削るなと。言われていたのに、飛び出したのは奏澄だ。いてもたってもいられなかった。
 奏澄は絡めた腕の側に寄りかかり、体を預けた。

「今回は、お互い様です。私も、メイズにちょっと怒っているので」

 視線を向けたメイズに、奏澄は小さく零した。

「約束、破りそうになったから」

 傍にいる、という約束を。命よりも優先されるそれを、破りかけた。
 レオナルドが呼んでくれなければ、最悪の事態になっていたかもしれない。
 それに関しては、奏澄も怒っている。

「なので、あなたに口を出される謂れはありません。ちゃんと二人で解決しますから、黙っててください」
「嬢ちゃん本当オレに当たり強いよな」

 乾いた笑いを零して、キッドは酒を口に運んだ。

「まぁ馬に蹴られたくねぇし、これ以上はやめとくか。ほら、嬢ちゃんも飲め飲め。大人なら構わんだろ」

 酒の入ったジョッキを押しつけるキッドに、奏澄は思わずそれを受け取った。と思ったら、横からメイズの手が伸びて、ジョッキをさらった。

「お前は飲むな」

 敵船で飲むのはどうだろう、と奏澄も思っていたので、そのまま任せようとしたのだが。

「はあ!? 過保護! ガキのお守りか!」

 馬鹿にされたようで、奏澄はついムキになってしまい、メイズからジョッキを取り返した。

「このくらい平気!」

 メイズが何か言う間もなく、そのまま一気に呷る。

「お! いい飲みっぷり」

 笑いながら、キッドが二杯目を注ぐ。メイズはそれを見て、何かを諦めたように息を吐いた。
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