はじめまして、期間限定のお飾り妻です

100話 浮かれるルシアンと執事

――22時

「アハハハハ……ッ!」

ルシアンの書斎にリカルドの笑い声が響き渡る。

「何がおかしいんだ? 俺は50分近くもイレーネの話に付き合わされたのだぞ?」

「よ、よく耐えられましたね……今までのルシアン様では考えられないことですよ。あ〜おかしい……」

リカルドは余程面白かったのか、ハンカチで目頭を押さえた。

「だが、そんな話はどうでもいい。問題だったのはゲオルグのことだ。祖父に呼ばれていたばかりか、イレーネと出会うとは……思いもしていなかった」

腕組みするルシアン。

「ええ、そうですね。でも噂に寄るとゲオルグ様は頻繁に『ヴァルト』に来ているらしいですよ。特に『クライン城』はお気に入りで訪れているそうです。あの城で働いている同僚から聞いたことがあります」

「何? そうだったのか? そういう大事なことは俺に報告しろ」

「ですが、ルシアン様はゲオルグ様の話になると機嫌が悪くなるではありませんか。それなのに話など出来ますか?」

「そ、それでもいい。今度からゲオルグの情報は全て教えろ」

「はい、承知いたしました。でも良かったではありませんか?」

「何が良かったのだ?」

リカルドの言葉に首を傾げるルシアン。

「ええ。イレーネ様がゲオルグ様に手を付けられることが無かったことです。何しろあの方の女性癖の悪さは筋金入りですから。泣き寝入りした女性は数知れず……なんて言われていますよ?」

「リカルド……お前、中々口が悪いな。……まぁ、あいつなら言われて当然か」

ルシアンは苦笑する。

「それだけではありません。あの方は自ら墓穴を掘ってくれました。よりにもよって賭け事が嫌いな伯爵様の前で、カジノ経営の話を持ち出すのですから。しかもマイスター家の所有する茶葉生産工場を潰してですよ!」

「ず、随分興奮しているように見えるな……リカルド」

「ええ、それは当然でしょう? 私は以前からあの方が嫌……苦手でしたから。その挙げ句に自分の立場も顧みず、図々……散々事業に口出しをされてきたではないですか?」

「ああ……確かにそうだな」

(今、リカルドのやつ……図々しいと言いかけなかったか?)

若干、引き気味になりながら頷くルシアン。

「ですが、これでもう次期当主はルシアン様に決定ですね。何しろ、ゲオルグ様にはルシアン様の補佐をしてもらうことにすると伯爵様がおっしゃられていたのですよね?」

「ああ、そうだ。祖父に電話を入れて確認してみた。もう俺に次期当主に指名するとな。近いうちに、任命式を兼ねたパーティーを開催して自分の立場を明らかにするように準備するように言われたよ」

得意げに語るルシアン。

「それは良かったです。まさかこんなに早く次期当主に認められるなんて思いもしませんでした」

「ああ、そうだ。……という訳で、とっておきのワインがある。2人で今夜、一杯飲むか?」

ルシアンの提案にリカルドは首を振った。

「それはとても嬉しいお誘いですが、お祝い相手はイレーネさんではありませんか?    何しろルシアン様以上に気難しい伯爵様に気に入られたのですから」

「気難しいという言い方が気に入らないが、今の俺は気分がいいから許してやろう。そうだな、明日は仕事を休んでイレーネのために時間を取ろう。あのブリジット嬢の相手もしてくれたのだからな。本当に感謝している」

「ええ。是非そうなさって下さい。それにしてもブリジット嬢様とどの様な会話をなさったのでしょうね」

「さぁな。あまり詳しくは聞いていないが、何でもオペラに誘われたそうだ。有名な女性歌手がヒロインとして出演しているらしい。海の向こうの大陸で有名なオペラ歌劇らしいが、それ以上は聞いていない」

そしてルシアンは書類に目を通し始めた。

「え? オペラ? 女性歌手……?」

その言葉にリカルドは首を傾げ、ルシアンを見つめる。

(まさか……いや、単なる偶然だろう。それにこの話は蒸し返さないほうが良いかも知れない。ようやくルシアン様の心の傷も癒えてきた頃なのだろうし……)

「どうした? リカルド」

「い、いえ。ルシアン様、お茶のおかわりはいかがでしょうか?」

「そうだな。もう一杯もらおうか?」

「はい、ルシアン様」

リカルドは笑みを浮かべ、お茶の用意を始めた――
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