はじめまして、期間限定のお飾り妻です
102話 根負け
――午前10時半
ルシアンとイレーネは、とある場所にやってきていた。
「まぁ……! なんて素敵なお屋敷なのでしょう!」
イレーネが目の前に建つ屋敷を見て感動の声を上げる。
「芝生のお庭に、真っ白い壁に2階建ての扉付きの窓……。まぁ! あそこには花壇もあるのですね!」
結局ルシアンはイレーネの言うことを聞いて、リカルドがプレゼントすると約束した空き家に連れてきていたのだ。
『ミューズ』通りの1番地に建つ屋敷に……。
「そ、そうか。そんなに気に入ったのか?」
引きつった笑みを浮かべながらルシアンは返事をする。
(くそっ……! もう、二度とこの場所には来たくはなかったのに……まさか、こんなことになるとは……! 本当にリカルドの奴め……恨むからな!)
心のなかでルシアンはリカルドに文句を言う。
「だ、だがイレーネ。この屋敷はもう古い。しかも郊外から少し離れているし……暮らしていくには何分不便な場所だ。家が欲しいなら、もっと買い物や駅に近い便利な場所のほうが良いのではないか? 俺が新しい家をプレゼントしよう」
何としてもこの場所から引き離したいルシアン。けれど、イレーネは首を振る。
「いいえ、新しい家だなんて私には勿体ない限りです。この家がいいです。だって……なんとなく生家に似ているんです。私の家もこんな風にのどかな場所に建っていました。何だか『コルト』に住んでいた頃を思い出します」
「イレーネ……」
ルシアンにはイレーネの姿がどことなく寂しげに見えた。
しかし、次の瞬間――
「それに、こんなにお庭が広いのですから畑も作れそうですしね!」
イレーネは元気よくルシアンを振り返った。
「な、何!? 畑だって!?」
「はい、そうです。ちょうどあの花壇のお隣の土地が空いているじゃありませんか? そこを耕すのです。最初は簡単なトマトから育てるのが良いかも知れませんね。カブやズッキーニ、パセリなどは育てやすく簡単に増えます。あ、ハーブも必要ですね。バジルや、ローズマリー、それに……」
(まずい! このままではまた1時間近く話しだすかもしれない!)
指折り数えるイレーネにルシアンは必死で止める。
「わ、分かった! そんなにここが気に入ったなら……この家を今からプレゼントしておこう。何しろ次の当主は俺に確定したようなものだからな」
本当なら、出来ればこの屋敷をイレーネに渡したくなかった。何故なら、この場所はルシアンに苦い記憶を思い出させるからだった。
けれど、先程のイレーネの寂しそうな横顔が気になった。この場所が自分の生まれ育った場所に似ていると言われれば尚更駄目だとは言えなかったのだ。
(まぁいい……何故、この屋敷を今まで処分できなかったのか分かった気がする。きっと、この日の為に残しておいたのかもしれない)
ルシアンは無理やりこじつけることにした。
「さて、それでは場所も確認したことだし……帰ることにしようか?」
それでも一刻も早くこの場所を離れたいルシアン。するとまたしてもイレーネの口からはた迷惑な言葉が飛び出す。
「え? ここまで来たのに、中に入れないのですか? 家の中を見せていただきたいのですけど」
「何!?」
家の中に入るなど、とんでもないことだった。嫌でもルシアンの苦い記憶が蘇る。
「だ、だがもう2年以上も使用されていない屋敷だ。室内は汚れも溜まっているだろうから……クリーニング業者に屋敷の清掃を依頼した後にしないか?」
「え? 屋敷の清掃に業者を雇われるのですか? それはいけません。勿体ないです。どうか私に清掃をさせて下さい」
「何だって!? 自分で清掃するっていうのか!?」
「はい、そうです。自分が住む場所は自分で清掃します。今の私は時間を持て余しておりますし……とりあえず、まずは中を見せて下さい。お願いします、ルシアン様。リカルド様からこの屋敷の鍵を預かっておりますよね?」
「う! な、何故それを……?」
「出かけるときリカルド様がルシアン様に鍵を渡すところを馬車の中から見えたのです。あれはこの屋敷の鍵ですよね?」
「……そ、そうだ……」
(まさか、あの場面をイレーネに見られていたとは……!)
「お願いします、ルシアン様。この屋敷が埃だらけでも、クモの巣だらけでも少しも私は構いません。それに、本日は私のために時間を割いてくださるとおっしゃりましたよね?」
両手を前に組み、大きな目で懇願するイレーネ。
「う!」
痛い所をつかれるルシアン。
「分かった……それでは中に入ろうか」
ついに根負けしたルシアンはポケットから屋敷の鍵を取り出し、ため息をついた――
ルシアンとイレーネは、とある場所にやってきていた。
「まぁ……! なんて素敵なお屋敷なのでしょう!」
イレーネが目の前に建つ屋敷を見て感動の声を上げる。
「芝生のお庭に、真っ白い壁に2階建ての扉付きの窓……。まぁ! あそこには花壇もあるのですね!」
結局ルシアンはイレーネの言うことを聞いて、リカルドがプレゼントすると約束した空き家に連れてきていたのだ。
『ミューズ』通りの1番地に建つ屋敷に……。
「そ、そうか。そんなに気に入ったのか?」
引きつった笑みを浮かべながらルシアンは返事をする。
(くそっ……! もう、二度とこの場所には来たくはなかったのに……まさか、こんなことになるとは……! 本当にリカルドの奴め……恨むからな!)
心のなかでルシアンはリカルドに文句を言う。
「だ、だがイレーネ。この屋敷はもう古い。しかも郊外から少し離れているし……暮らしていくには何分不便な場所だ。家が欲しいなら、もっと買い物や駅に近い便利な場所のほうが良いのではないか? 俺が新しい家をプレゼントしよう」
何としてもこの場所から引き離したいルシアン。けれど、イレーネは首を振る。
「いいえ、新しい家だなんて私には勿体ない限りです。この家がいいです。だって……なんとなく生家に似ているんです。私の家もこんな風にのどかな場所に建っていました。何だか『コルト』に住んでいた頃を思い出します」
「イレーネ……」
ルシアンにはイレーネの姿がどことなく寂しげに見えた。
しかし、次の瞬間――
「それに、こんなにお庭が広いのですから畑も作れそうですしね!」
イレーネは元気よくルシアンを振り返った。
「な、何!? 畑だって!?」
「はい、そうです。ちょうどあの花壇のお隣の土地が空いているじゃありませんか? そこを耕すのです。最初は簡単なトマトから育てるのが良いかも知れませんね。カブやズッキーニ、パセリなどは育てやすく簡単に増えます。あ、ハーブも必要ですね。バジルや、ローズマリー、それに……」
(まずい! このままではまた1時間近く話しだすかもしれない!)
指折り数えるイレーネにルシアンは必死で止める。
「わ、分かった! そんなにここが気に入ったなら……この家を今からプレゼントしておこう。何しろ次の当主は俺に確定したようなものだからな」
本当なら、出来ればこの屋敷をイレーネに渡したくなかった。何故なら、この場所はルシアンに苦い記憶を思い出させるからだった。
けれど、先程のイレーネの寂しそうな横顔が気になった。この場所が自分の生まれ育った場所に似ていると言われれば尚更駄目だとは言えなかったのだ。
(まぁいい……何故、この屋敷を今まで処分できなかったのか分かった気がする。きっと、この日の為に残しておいたのかもしれない)
ルシアンは無理やりこじつけることにした。
「さて、それでは場所も確認したことだし……帰ることにしようか?」
それでも一刻も早くこの場所を離れたいルシアン。するとまたしてもイレーネの口からはた迷惑な言葉が飛び出す。
「え? ここまで来たのに、中に入れないのですか? 家の中を見せていただきたいのですけど」
「何!?」
家の中に入るなど、とんでもないことだった。嫌でもルシアンの苦い記憶が蘇る。
「だ、だがもう2年以上も使用されていない屋敷だ。室内は汚れも溜まっているだろうから……クリーニング業者に屋敷の清掃を依頼した後にしないか?」
「え? 屋敷の清掃に業者を雇われるのですか? それはいけません。勿体ないです。どうか私に清掃をさせて下さい」
「何だって!? 自分で清掃するっていうのか!?」
「はい、そうです。自分が住む場所は自分で清掃します。今の私は時間を持て余しておりますし……とりあえず、まずは中を見せて下さい。お願いします、ルシアン様。リカルド様からこの屋敷の鍵を預かっておりますよね?」
「う! な、何故それを……?」
「出かけるときリカルド様がルシアン様に鍵を渡すところを馬車の中から見えたのです。あれはこの屋敷の鍵ですよね?」
「……そ、そうだ……」
(まさか、あの場面をイレーネに見られていたとは……!)
「お願いします、ルシアン様。この屋敷が埃だらけでも、クモの巣だらけでも少しも私は構いません。それに、本日は私のために時間を割いてくださるとおっしゃりましたよね?」
両手を前に組み、大きな目で懇願するイレーネ。
「う!」
痛い所をつかれるルシアン。
「分かった……それでは中に入ろうか」
ついに根負けしたルシアンはポケットから屋敷の鍵を取り出し、ため息をついた――