はじめまして、期間限定のお飾り妻です

109話 偶然の再会

――翌朝

「今朝も良い天気ね〜」

ルシアンに与えられたお下がり? の家で1人目覚めたイレーネは窓のカーテンを開けた。
目の前には緑に覆われた閑静な住宅街が広がっている。

「フフフ……ここが大都市『デリア』だとは思えないわ。こんなに自然が残されているのだもの」

街路樹を見つめながらイレーネは微笑む。

「さて、今日も忙しくなりそうね」

着替えを済ませてエプロンを着けると、イレーネは上機嫌で階段を降りていった……。


 部屋の中には美味しそうなパンが焼ける匂いが漂っている。イレーネはかまどの前に立つと、パンの焼け具合を確認する。

「うん、久しぶりにパンを焼いてみたけど……うまく焼けているみたいね」

満足気に頷くと早速かまどからパンを取り出し、朝食の準備を始めた。


シンと静まり返ったリビングでイレーネは1人朝食を食べていた。

「……何だか味気ないわね。以前と同じようにパンは焼けているのに……チーズだって私のお気に入りのものだし、紅茶だって……」

そこまで言いかけて、イレーネの脳裏にふとルシアンの顔がよぎる。

「そうだわ。いつもはルシアン様と一緒に食事を取っていたからだわ。……1人で食事をするのは久しぶりだったから……私ったら、いつの間にか誰かと一緒に食事するのが当然だと思うようになっていたのね……」

イレーネは何気なく、部屋を見渡し……。

「あ、そうだわ。いいことを思いついたわ」

早速、席を立ち上がった――

****

――午前10時

「さて。今日から少しずつ畑を耕さなくちゃ」

軍手をはめ、麦わら帽子を被ったイレーネは花壇の前に立っていた。隣にはレンガで囲まれた空きスペースがある。

「リカルド様は、ここで畑を耕しても良いと仰って下さったわね。まずは地面をならすことから始めましょう」

イレーネは鼻歌を歌いながら、上機嫌で畑を耕し始めた。

……どのくらい耕し続けていたことだろう。不意にイレーネは声をかけられた。

「こんにちは。お見かけしない顔ですね。何をしてらっしゃるのですか?」

「え?」

顔を上げると、敷地を覆う策の向こう側からラフな姿に帽子を被った青年が馬にまたがってこちらを見つめていた。その顔には人懐こい笑みが浮かんでいる。

「はい、畑を耕していました」

「畑ですか? これは驚いたな……あれ? もしかして……」

「何でしょう?」

「あ、やっぱりそうだ。僕ですよ、ケヴィンです」

青年が帽子を外した。

「あ……あなたは、お巡りさんでしたのね?」

「ええ、そうです。でも今日は非番なんですけどね。奇遇ですね。それにしても驚きました。この家はつい最近まで空き家だったのですよ。2年ほど前までは誰か住んでいた様子だったのですけどね。越してこられたのですか?」

「正確に言えば、まだですけどね。でもいずれはここに越してくる予定です」

「いずれは? それでは今は違う場所に住んでいるということですか?」

ケヴィンは首を傾げる。

「はい、そうです。でも1年以内にはここに住む予定です。そこで畑を作ろうと思って、耕していました。お巡りさんはこのご近所に住まれているのですか?」

「近いと言うほどの距離でもありませんけどね、ここから1Km程先に住んでいます。この道はたまに買い物の時に通る場所なんです」

馬の体には荷物が付けられている。

「そうだったのですね。それでここが空き家だとご存知だったのですか」

「ええ。あ、すみません。作業の手を止めさせてしまいましたね。お邪魔しました」

「いいえ、そんなこと気になさらないで下さい」

イレーネは笑顔で答えるとケヴィンは会釈し、そのまま通り過ぎていった。

「2年程前まではどなたかが住んでいたのね……。もしかすると、あの家財道具は引っ越していった方の物だったのかしら? その空き家をルシアン様が購入したのかしら……? それとも……?」

青年の後ろ姿を見送りながらイレーネは少しの間思案する。少し腑に落ちない気もするが、それが何なのか良く分からなかった。

「でも、私には関係ない話だものね。さて、それでは続きを始めましょう」

イレーネは鍬を握りしめると、再び畑を耕し始めた――

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