はじめまして、期間限定のお飾り妻です
120話 イレーネとベアトリス
イレーネがベアトリスをじっと見つめていた時。
「サイン下さい!」
突然イレーネの後ろにいた男性が前に進み出てきて、ぶつかってきた。
「キャア!」
小柄なイレーネはそのまま、前のめりに転んでしまった。はずみで持っていた買い物袋も地面に落ち、袋の中からリンゴがコロコロとベアトリスの足元に転がっていく。
「まぁ! 大変!」
ファンにサインをしていたベアトリスはリンゴを拾うと、イレーネに駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
イレーネに手を差し伸べるベアトリス。
「は、はい……ご親切にありがとうございます」
その手を借りてイレーネは立ち上がると、次にベアトリスはぶつかってきた男性を睨みつけた。
「ちょっと! 貴方はレディにぶつかって転ばせてしまったのに、手を貸すどころか謝罪も出来ないのですか!?」
「え? す、すみません!!」
ベアトリスにサインをねだろうとした男性はオロオロしている。そんな男性を一瞥するとベアトリスはイレーネに笑みを浮かべた。
「申し訳ございません。お詫びの印にサインをしてさしあげますわ。どれにすればよろしいですか?」
「え? サ、サインですか!?」
そんなつもりで並んでいなかったイレーネは当然戸惑い……ふと、閃いた。
「あの、でしたらこのメモに書いていただけませんか?」
イレーネは買い物メモをひっくり返して手渡した。
「あら? これにですか?」
怪訝そうな表情を浮かべるベアトリス。
「はい、まさかこのような場所で大スターにお会いできるとは思ってもいなかったので他に持ち合わせがないのです。でも、額に入れて飾らせていただきます!」
「まぁ。そこまで言って頂けるなんて嬉しいわ。ではこのメモにサインしましょう」
ベアトリスはイレーネからメモを受け取ると、サラサラとサインをして手渡してきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます……一生の宝物にさせていただきますね」
「フフフ。大げさな方ね」
そのとき――
「劇団員の皆様! お待たせ致しました! 迎えの馬車が到着いたしました!」
スーツ姿の男性が大きな声で呼びかけてきた。
「行こう、ベアトリス」
そこへ黒髪の青年が現れて、ベアトリスに声をかけてきた。
「そうね、カイン」
そしてベアトリスはカインと呼んだ男性と共に、その場を去って行った。
「あ〜あ……サインもらいそびれてしまった……」
「やっぱりベアトリスは美人だな」
「やっぱりあの2人は恋人同士なのかしら……ショックだわ……」
集まった人々はゾロゾロと去っていく。
「私も買い物の続きをしましょう」
イレーネは踵を返し……右足首に痛みを感じた。
「痛っ!」
思わず顔を歪める。歩こうとすると痛みを感じるのだ。
「困ったわ……足首をひねってしまったみたい。どうしましょう……何か杖でもあれば……」
ため息をついたとき、前方からケヴィンがこちらへ向かって足早にやってきた。
「イレーネさん、どうしたのですか? まだお帰りにならないのですか?」
「え、ええ……実は先程……」
イレーネは自分の身に起きたことを説明した。
「そうだったのですか。それで怪我をしてしまったのですね? だったら、どうぞ」
突然ケヴィンがイレーネに背を向けてしゃがんだ。
「あの? どうかされましたか?」
すると背中を向けたまま振り向くケヴィン。
「とりあえず、僕の背中におぶさって下さい」
「でも、ご迷惑ではありませんか? それにお仕事中ですよね?」
「いえ、僕は警察官です。困っている市民を助けるのが僕の仕事ですから」
「そうですか……? ではお仕事と割り切らせていただきますね。失礼致します」
イレーネはケヴィンの背中におぶさった。本来のイレーネなら、絶対にこの様な真似はしない。だが、それほど足首の痛みが勝っていたのだ。
「では、辻馬車乗り場までお連れしますよ。本当はご自宅まで送って差し上げたいのですが、今日はこの後警備の仕事があるんです」
歩きながらケヴィンが説明する。
「お仕事大変なのですね。……でも残念でした」
イレーネがため息をついた。
「何が大変なのです?」
「今夜はレーズンパンを焼こうと思っていたんです。ドライフルーツを買いに行きたかったのですけど、諦めます」
「……その足では買い物はなさらない方が良いですよ?」
「そうですね。諦めることにします」
辻馬車乗り場には、既に客待ちの馬車が待機していた。
「ケヴィンさん、本日はありがとうございました」
馬車に乗り込むと、早速イレーネは窓から顔を出してお礼を述べる。
「いえ、気をつけてお帰りくださいね」
「はい」
イレーネは返事をすると御者に声をかけた。
「馬車を出して下さい」
「承知しました」
イレーネを乗せた馬車は、ケヴィンに見送られながら走り去っていった――
「サイン下さい!」
突然イレーネの後ろにいた男性が前に進み出てきて、ぶつかってきた。
「キャア!」
小柄なイレーネはそのまま、前のめりに転んでしまった。はずみで持っていた買い物袋も地面に落ち、袋の中からリンゴがコロコロとベアトリスの足元に転がっていく。
「まぁ! 大変!」
ファンにサインをしていたベアトリスはリンゴを拾うと、イレーネに駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
イレーネに手を差し伸べるベアトリス。
「は、はい……ご親切にありがとうございます」
その手を借りてイレーネは立ち上がると、次にベアトリスはぶつかってきた男性を睨みつけた。
「ちょっと! 貴方はレディにぶつかって転ばせてしまったのに、手を貸すどころか謝罪も出来ないのですか!?」
「え? す、すみません!!」
ベアトリスにサインをねだろうとした男性はオロオロしている。そんな男性を一瞥するとベアトリスはイレーネに笑みを浮かべた。
「申し訳ございません。お詫びの印にサインをしてさしあげますわ。どれにすればよろしいですか?」
「え? サ、サインですか!?」
そんなつもりで並んでいなかったイレーネは当然戸惑い……ふと、閃いた。
「あの、でしたらこのメモに書いていただけませんか?」
イレーネは買い物メモをひっくり返して手渡した。
「あら? これにですか?」
怪訝そうな表情を浮かべるベアトリス。
「はい、まさかこのような場所で大スターにお会いできるとは思ってもいなかったので他に持ち合わせがないのです。でも、額に入れて飾らせていただきます!」
「まぁ。そこまで言って頂けるなんて嬉しいわ。ではこのメモにサインしましょう」
ベアトリスはイレーネからメモを受け取ると、サラサラとサインをして手渡してきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます……一生の宝物にさせていただきますね」
「フフフ。大げさな方ね」
そのとき――
「劇団員の皆様! お待たせ致しました! 迎えの馬車が到着いたしました!」
スーツ姿の男性が大きな声で呼びかけてきた。
「行こう、ベアトリス」
そこへ黒髪の青年が現れて、ベアトリスに声をかけてきた。
「そうね、カイン」
そしてベアトリスはカインと呼んだ男性と共に、その場を去って行った。
「あ〜あ……サインもらいそびれてしまった……」
「やっぱりベアトリスは美人だな」
「やっぱりあの2人は恋人同士なのかしら……ショックだわ……」
集まった人々はゾロゾロと去っていく。
「私も買い物の続きをしましょう」
イレーネは踵を返し……右足首に痛みを感じた。
「痛っ!」
思わず顔を歪める。歩こうとすると痛みを感じるのだ。
「困ったわ……足首をひねってしまったみたい。どうしましょう……何か杖でもあれば……」
ため息をついたとき、前方からケヴィンがこちらへ向かって足早にやってきた。
「イレーネさん、どうしたのですか? まだお帰りにならないのですか?」
「え、ええ……実は先程……」
イレーネは自分の身に起きたことを説明した。
「そうだったのですか。それで怪我をしてしまったのですね? だったら、どうぞ」
突然ケヴィンがイレーネに背を向けてしゃがんだ。
「あの? どうかされましたか?」
すると背中を向けたまま振り向くケヴィン。
「とりあえず、僕の背中におぶさって下さい」
「でも、ご迷惑ではありませんか? それにお仕事中ですよね?」
「いえ、僕は警察官です。困っている市民を助けるのが僕の仕事ですから」
「そうですか……? ではお仕事と割り切らせていただきますね。失礼致します」
イレーネはケヴィンの背中におぶさった。本来のイレーネなら、絶対にこの様な真似はしない。だが、それほど足首の痛みが勝っていたのだ。
「では、辻馬車乗り場までお連れしますよ。本当はご自宅まで送って差し上げたいのですが、今日はこの後警備の仕事があるんです」
歩きながらケヴィンが説明する。
「お仕事大変なのですね。……でも残念でした」
イレーネがため息をついた。
「何が大変なのです?」
「今夜はレーズンパンを焼こうと思っていたんです。ドライフルーツを買いに行きたかったのですけど、諦めます」
「……その足では買い物はなさらない方が良いですよ?」
「そうですね。諦めることにします」
辻馬車乗り場には、既に客待ちの馬車が待機していた。
「ケヴィンさん、本日はありがとうございました」
馬車に乗り込むと、早速イレーネは窓から顔を出してお礼を述べる。
「いえ、気をつけてお帰りくださいね」
「はい」
イレーネは返事をすると御者に声をかけた。
「馬車を出して下さい」
「承知しました」
イレーネを乗せた馬車は、ケヴィンに見送られながら走り去っていった――