はじめまして、期間限定のお飾り妻です
139話 傷心の2人
――21時半
「何ですって!? それでレセプション会場から、お一人で帰ってこられたのですか!?」
書斎にリカルドの声が響き渡る。
「大声を出さないでくれ。ただでさえ、疲れているのに……」
ため息をつきながら、ネクタイを緩めるルシアン。
「大声を出すなと言う方が無理です。一体、何故そんなことになってしまわれたのです?」
「それはこちらが聞きたい話だ! ベアトリスがあの会場に現れたのかもこっちは分からないというのに! 大体、何故彼女が『デリア』に来ているんだ?」
ソファに沈み込むようにルシアンは腰掛けた。
「……ルシアン様。本気でそのようなことを言われているのですか?」
「何のことだ?」
「ベアトリス様が今、オペラ公演の為に『デリア』に来ていたことですよ! それだけではありません。イレーネさんがブリジットさんと観に行った公演がそのオペラだったのですから!」
リカルドはヤケクソの様に大声で喚いた。
「な、何だって!! そうだったのか!?」
「ええ、そうですよ。だいたい、ルシアン様がいけないのですよ? 今まであまりにもイレーネさんに無関心過ぎたからです。ちゃんと目を向けていれば、事前に気づいて今夜のようなヘマはやらかさずにすんだのではありませんか!?」
「リ、リカルド……」
「おまけに、何故ひとりで帰ってこられたのです? お友達のところに泊まると書かれていたのなら、お迎えに行ってさしあげればよろしかったではありませんか?」
「だ、だが……夜も遅いし、それに本当にブリジット嬢の家に行ってるかどうかも……」
「そんなことを言ってる場合では無いでしょう!? はぁ……もう、結構です。明朝、私が直にブリジット様のお宅を訪問してみることにします」
ため息をつくリカルド。
「い、いや。それなら俺が……」
「いいえ! もうルシアン様は動かれないで下さい! それに……きっと、明日は大変なことになるでしょうからね」
「あ……」
リカルドに指摘され、ルシアンは再び顔が青ざめるのだった――
****
――今から約2時間程前に遡る。
「イレーネさん。僕の家に到着しましたよ」
馬車の中でボンヤリしていたイレーネは突然ケヴィンに声をかけられて我に返った。
「え? 本当ですか?」
「ええ。降りましょう」
ケヴィンは扉を開けるとイレーネに手を差し伸べた。
「どうもありがとうございます」
ケヴィンの手を借りて、馬車から降りたイレーネは目の前の屋敷を見上げた。
そこには、マイスター家程ではないが、立派な3階建の屋敷が建っている。
周囲を木々に囲まれ、大きな満月を背にした建造物はとても立派だった。
「素敵な邸宅ですね……」
「そうですか? ありがとうございます。中へ入りましょう」
「はい」
ケヴィンは扉を開けると、イレーネを招き入れた。
****
「お帰りなさいませ、ケヴィン様。そちらの方がお連れのお客様ですね?」
エントランスに入ると、すぐにスーツ姿の男性が声をかけてきた。
「ただいま、そうだよ。彼女が僕の友人のイレーネさんだ」
ケヴィンは返事をすると、イレーネに声をかけてきた。
「もう、家族には電話でイレーネさんを連れて行くという話はしてあるんですよ」
「そうだったのですか?」
「ケヴィン様。旦那様と奥様がリビングでお待ちになっております」
「ありがとう、それでは行きましょうか? イレーネさん」
「はい。ケヴィンさん」
イレーネはケヴィンに連れられて、応接室へ向かった。
****
リビングに行くと、既にケヴィンの両親が待っていた。
「あなたですか? ケヴィンのご友人という女性は?」
優しげな男性がイレーネに声をかけてきた。
「はい、イレーネ・シエラと申します。夜分に訪ねてしまい、申し訳ございません」
「いいのよ、フフフ……とても愛らしい方ね。どうぞ自分の家だと思ってくつろいで下さいな」
母親が笑みを浮かべる。
「優しいお言葉、ありがとうございます」
「イレーネさん、疲れているでしょう? 今、客室に案内しますね」
ケヴィン自ら案内を申し出てきた。
「恐れ入ります」
「では行きましょう」
「はい、それでは失礼致します」
イレーネはお辞儀をすると、ケヴィンに続いた。
「どうぞ、今夜はこの部屋を使って下さい」
案内されたのは白い扉の部屋だった。
「こちらのお部屋ですか?」
「メイドにイレーネさんの部屋の準備を用意するように伝えてあります。全て整っているはずなので、遠慮なく使って下さいね」
「はい……ケヴィンさん。本当に何から何までありがとうございます。いつか、このお礼をさせていただきますね?」
「そんな、お礼なんて……僕は……ただ……」
そこでケヴィンは口を閉ざす。
「ケヴィンさん?」
「いえ、何でもありません。お休みなさい、イレーネさん」
「はい、お休みなさい。ケヴィンさん」
ケヴィンは笑みを浮かべると、去って行った。
そこでイレーネは扉を開けて部屋の中へと足を踏み入れた。
広い部屋に、品の良い調度品が置かれている。
「……素敵な客室ね」
けれど、今のイレーネは心の中にポッカリと大きな穴が開いてしまっているようだった。
「ルシアン様……」
俯き、ポツリと呟くイレーネの声は……半分、涙声のように聞こえた――
「何ですって!? それでレセプション会場から、お一人で帰ってこられたのですか!?」
書斎にリカルドの声が響き渡る。
「大声を出さないでくれ。ただでさえ、疲れているのに……」
ため息をつきながら、ネクタイを緩めるルシアン。
「大声を出すなと言う方が無理です。一体、何故そんなことになってしまわれたのです?」
「それはこちらが聞きたい話だ! ベアトリスがあの会場に現れたのかもこっちは分からないというのに! 大体、何故彼女が『デリア』に来ているんだ?」
ソファに沈み込むようにルシアンは腰掛けた。
「……ルシアン様。本気でそのようなことを言われているのですか?」
「何のことだ?」
「ベアトリス様が今、オペラ公演の為に『デリア』に来ていたことですよ! それだけではありません。イレーネさんがブリジットさんと観に行った公演がそのオペラだったのですから!」
リカルドはヤケクソの様に大声で喚いた。
「な、何だって!! そうだったのか!?」
「ええ、そうですよ。だいたい、ルシアン様がいけないのですよ? 今まであまりにもイレーネさんに無関心過ぎたからです。ちゃんと目を向けていれば、事前に気づいて今夜のようなヘマはやらかさずにすんだのではありませんか!?」
「リ、リカルド……」
「おまけに、何故ひとりで帰ってこられたのです? お友達のところに泊まると書かれていたのなら、お迎えに行ってさしあげればよろしかったではありませんか?」
「だ、だが……夜も遅いし、それに本当にブリジット嬢の家に行ってるかどうかも……」
「そんなことを言ってる場合では無いでしょう!? はぁ……もう、結構です。明朝、私が直にブリジット様のお宅を訪問してみることにします」
ため息をつくリカルド。
「い、いや。それなら俺が……」
「いいえ! もうルシアン様は動かれないで下さい! それに……きっと、明日は大変なことになるでしょうからね」
「あ……」
リカルドに指摘され、ルシアンは再び顔が青ざめるのだった――
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――今から約2時間程前に遡る。
「イレーネさん。僕の家に到着しましたよ」
馬車の中でボンヤリしていたイレーネは突然ケヴィンに声をかけられて我に返った。
「え? 本当ですか?」
「ええ。降りましょう」
ケヴィンは扉を開けるとイレーネに手を差し伸べた。
「どうもありがとうございます」
ケヴィンの手を借りて、馬車から降りたイレーネは目の前の屋敷を見上げた。
そこには、マイスター家程ではないが、立派な3階建の屋敷が建っている。
周囲を木々に囲まれ、大きな満月を背にした建造物はとても立派だった。
「素敵な邸宅ですね……」
「そうですか? ありがとうございます。中へ入りましょう」
「はい」
ケヴィンは扉を開けると、イレーネを招き入れた。
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「お帰りなさいませ、ケヴィン様。そちらの方がお連れのお客様ですね?」
エントランスに入ると、すぐにスーツ姿の男性が声をかけてきた。
「ただいま、そうだよ。彼女が僕の友人のイレーネさんだ」
ケヴィンは返事をすると、イレーネに声をかけてきた。
「もう、家族には電話でイレーネさんを連れて行くという話はしてあるんですよ」
「そうだったのですか?」
「ケヴィン様。旦那様と奥様がリビングでお待ちになっております」
「ありがとう、それでは行きましょうか? イレーネさん」
「はい。ケヴィンさん」
イレーネはケヴィンに連れられて、応接室へ向かった。
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リビングに行くと、既にケヴィンの両親が待っていた。
「あなたですか? ケヴィンのご友人という女性は?」
優しげな男性がイレーネに声をかけてきた。
「はい、イレーネ・シエラと申します。夜分に訪ねてしまい、申し訳ございません」
「いいのよ、フフフ……とても愛らしい方ね。どうぞ自分の家だと思ってくつろいで下さいな」
母親が笑みを浮かべる。
「優しいお言葉、ありがとうございます」
「イレーネさん、疲れているでしょう? 今、客室に案内しますね」
ケヴィン自ら案内を申し出てきた。
「恐れ入ります」
「では行きましょう」
「はい、それでは失礼致します」
イレーネはお辞儀をすると、ケヴィンに続いた。
「どうぞ、今夜はこの部屋を使って下さい」
案内されたのは白い扉の部屋だった。
「こちらのお部屋ですか?」
「メイドにイレーネさんの部屋の準備を用意するように伝えてあります。全て整っているはずなので、遠慮なく使って下さいね」
「はい……ケヴィンさん。本当に何から何までありがとうございます。いつか、このお礼をさせていただきますね?」
「そんな、お礼なんて……僕は……ただ……」
そこでケヴィンは口を閉ざす。
「ケヴィンさん?」
「いえ、何でもありません。お休みなさい、イレーネさん」
「はい、お休みなさい。ケヴィンさん」
ケヴィンは笑みを浮かべると、去って行った。
そこでイレーネは扉を開けて部屋の中へと足を踏み入れた。
広い部屋に、品の良い調度品が置かれている。
「……素敵な客室ね」
けれど、今のイレーネは心の中にポッカリと大きな穴が開いてしまっているようだった。
「ルシアン様……」
俯き、ポツリと呟くイレーネの声は……半分、涙声のように聞こえた――