はじめまして、期間限定のお飾り妻です
終章 2
イレーネとルシアンは丸太の上に腰掛け、話をしていた。
「それにしても、よく私が『コルト』に戻ってきたことが分かりましたね?」
「あぁ……そのことか……実は、君を家に泊めたという警察官が屋敷を尋ねてきたんだ。イレーネが忘れたハンカチを届けにね」
「ハンカチの忘れ物ですか?」
「さっき、渡しただろう?」
「え? このハンカチは私のではありませんよ?」
ポケットからハンカチを取り出すイレーネ。
「何だって? だって、そのハンカチには君の名前が刺繍されているぞ?」
「確かにそうですが……でも違いますね」
「え……? そ、それじゃ……あ! もしかして、彼は……」
その時にようやくルシアンは気付いた。ケヴィンはイレーネの居場所を伝えるために、ハンカチの忘れ物をでっちあげたのだということに。
(何て男だ……俺よりも1枚も2枚も上手だったとは……)
男として少し負けてしまった気持ちになり、ルシアンはため息をついてイレーネに尋ねた。
「イレーネ、君はあの警察官とどんな関係なんだ?」
「ケヴィンさんのことですよね?」
「ケヴィンだって……? 名前まで知ってるのか!?」
その言葉にショックを受ける。
「はい、そうです。教えて頂きましたから」
「……随分色々なところで会ったと言っていたが?」
苛立ち紛れに質問を続けるルシアン。
「はい、そうですね。パン屋さんまで連れて行ってもらったり、偶然出会って一緒に食事したこともありますね。それにベアトリスさんの家で畑を耕していたときにお話したこともあります。他に……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ルシアンは頭を押さえてイレーネの話を止めた。
「どうかされましたか?」
「すまない……話の腰を折るようで悪いが……訂正させてくれ。確かにあの家はベアトリスの家だったが、今は違うからな? 紛れもなくイレーネの家だ……いや、別宅だ。君の家はマイスター家の屋敷だからな。それに、どういうことだ!? 泊めてもらっただけでなく、食事までしたことがあるのか!?」
「食事と言っても、席が偶然隣同士になっただけですけど? しかもお店はパン屋さんでカウンター席でしたから」
「な、何だ……そんなことか……」
イレーネの言葉に脱力し……ルシアンは焦った。
(何だ? これでは……あの警察官に嫉妬しているようじゃないか……!)
「それにしても、ルシアン様。やっと私に会えたと仰っておりましたが……もしかしてずっと捜していらしたのですか?」
「そんなの当然じゃないか! 俺に弁明する余地も与えず、あんな短い置き手紙残して行き先も告げずにいなくなってしまうんだから。彼のお陰で君が何処に行ったのか分かったが、『コルト』に来たはいいものの全く消息はつかめないし……。それでこの家にいれば、いつかは君が現れるんじゃないかと思ってずっと待機していたんだよ。1週間近くな」
「そうだったのですか?」
その言葉にイレーネは驚いた。
ルシアンは紛れもなくお金持ちで、裕福な生活をしている。その彼が、家具も何もない古い家で1週間も過ごしていたのだから。
「ああ、そうだ」
「それではお仕事の方はどうされたのです?」
「とりあえず、重要案件以外はリカルドに任せてきた」
ルシアンの脳裏に、リカルドが「仕事を放り出して行かないで下さい」と半泣きで訴えてきた記憶が蘇る。
「それは良かったです。さすがはリカルド様ですね」
「そうだな……ところで、イレーネ」
ルシアンはイレーネの肩を抱き寄せた。
「はい、ルシアン様」
「結婚式はいつ挙げよう? 俺は今すぐにでも挙げたい気分だが、大勢の人に祝ってもらいたからな。それにドレスも作らないといけないし」
「ええ? 結婚式ですか?」
その言葉にイレーネは目を丸くする。
「どうした? 挙げたくないのか?」
「いいえ! そんなことありません! ただ……そんな贅沢して分不相応ではないかと思いましたので。私には……財産も何もなく、ルシアン様に捧げられる物は何も無いので」
しんみりした顔で俯くイレーネ。
「そんなことはないだろう? イレーネが側にいてくれるだけで、俺にとっては財産なんだから」
「本当……ですか?」
「本当だ? だから……その警察官も絶対に式に呼ぶぞ!」
ルシアンが力を込めて訴える。
「えぇ!? ケヴィンさんをですか?」
「当然だ。何しろ、彼は君にその……こ、告白をしたんだろう? 何と返事をしたかは本人に聞いてくれと言われたが……聞くまでも無いよな?」
「勿論ですわ。だとしたら、私はここにいませんから。それに……」
「俺からのプロポーズも受けたりしないよな?」
「そういうことです」
笑顔を見せるイレーネ。
「だよな?」
そっとイレーネの頬に手を添えるルシアンにイレーネは頷き……2人は再びキスを交わした――
****
そして半年後――
ルシアンとイレーネは大勢の人々に囲まれ、盛大な結婚式を挙げた。
ゴーン
ゴーン
ゴーン……
教会の鐘が鳴り響く中、人々に見守られながら永遠の愛を誓う2人。
「愛しているよ、イレーネ」
ウェディングドレス姿の美しい花嫁となったイレーネにルシアンは愛を告げる。
「私もです。ルシアン様」
青空の元で、キスを交わす2人を大勢の人々が拍手で祝う。
その中には苦笑いしたベアトリスやゲオルグ。
それにケヴィンの姿があったのは……言うまでもない。
――その後
時は流れ……2人は子沢山に恵まれた。
そしてマイスター家は益々発展し、歴史にその名を刻みつけるのだった――
<完>
「それにしても、よく私が『コルト』に戻ってきたことが分かりましたね?」
「あぁ……そのことか……実は、君を家に泊めたという警察官が屋敷を尋ねてきたんだ。イレーネが忘れたハンカチを届けにね」
「ハンカチの忘れ物ですか?」
「さっき、渡しただろう?」
「え? このハンカチは私のではありませんよ?」
ポケットからハンカチを取り出すイレーネ。
「何だって? だって、そのハンカチには君の名前が刺繍されているぞ?」
「確かにそうですが……でも違いますね」
「え……? そ、それじゃ……あ! もしかして、彼は……」
その時にようやくルシアンは気付いた。ケヴィンはイレーネの居場所を伝えるために、ハンカチの忘れ物をでっちあげたのだということに。
(何て男だ……俺よりも1枚も2枚も上手だったとは……)
男として少し負けてしまった気持ちになり、ルシアンはため息をついてイレーネに尋ねた。
「イレーネ、君はあの警察官とどんな関係なんだ?」
「ケヴィンさんのことですよね?」
「ケヴィンだって……? 名前まで知ってるのか!?」
その言葉にショックを受ける。
「はい、そうです。教えて頂きましたから」
「……随分色々なところで会ったと言っていたが?」
苛立ち紛れに質問を続けるルシアン。
「はい、そうですね。パン屋さんまで連れて行ってもらったり、偶然出会って一緒に食事したこともありますね。それにベアトリスさんの家で畑を耕していたときにお話したこともあります。他に……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ルシアンは頭を押さえてイレーネの話を止めた。
「どうかされましたか?」
「すまない……話の腰を折るようで悪いが……訂正させてくれ。確かにあの家はベアトリスの家だったが、今は違うからな? 紛れもなくイレーネの家だ……いや、別宅だ。君の家はマイスター家の屋敷だからな。それに、どういうことだ!? 泊めてもらっただけでなく、食事までしたことがあるのか!?」
「食事と言っても、席が偶然隣同士になっただけですけど? しかもお店はパン屋さんでカウンター席でしたから」
「な、何だ……そんなことか……」
イレーネの言葉に脱力し……ルシアンは焦った。
(何だ? これでは……あの警察官に嫉妬しているようじゃないか……!)
「それにしても、ルシアン様。やっと私に会えたと仰っておりましたが……もしかしてずっと捜していらしたのですか?」
「そんなの当然じゃないか! 俺に弁明する余地も与えず、あんな短い置き手紙残して行き先も告げずにいなくなってしまうんだから。彼のお陰で君が何処に行ったのか分かったが、『コルト』に来たはいいものの全く消息はつかめないし……。それでこの家にいれば、いつかは君が現れるんじゃないかと思ってずっと待機していたんだよ。1週間近くな」
「そうだったのですか?」
その言葉にイレーネは驚いた。
ルシアンは紛れもなくお金持ちで、裕福な生活をしている。その彼が、家具も何もない古い家で1週間も過ごしていたのだから。
「ああ、そうだ」
「それではお仕事の方はどうされたのです?」
「とりあえず、重要案件以外はリカルドに任せてきた」
ルシアンの脳裏に、リカルドが「仕事を放り出して行かないで下さい」と半泣きで訴えてきた記憶が蘇る。
「それは良かったです。さすがはリカルド様ですね」
「そうだな……ところで、イレーネ」
ルシアンはイレーネの肩を抱き寄せた。
「はい、ルシアン様」
「結婚式はいつ挙げよう? 俺は今すぐにでも挙げたい気分だが、大勢の人に祝ってもらいたからな。それにドレスも作らないといけないし」
「ええ? 結婚式ですか?」
その言葉にイレーネは目を丸くする。
「どうした? 挙げたくないのか?」
「いいえ! そんなことありません! ただ……そんな贅沢して分不相応ではないかと思いましたので。私には……財産も何もなく、ルシアン様に捧げられる物は何も無いので」
しんみりした顔で俯くイレーネ。
「そんなことはないだろう? イレーネが側にいてくれるだけで、俺にとっては財産なんだから」
「本当……ですか?」
「本当だ? だから……その警察官も絶対に式に呼ぶぞ!」
ルシアンが力を込めて訴える。
「えぇ!? ケヴィンさんをですか?」
「当然だ。何しろ、彼は君にその……こ、告白をしたんだろう? 何と返事をしたかは本人に聞いてくれと言われたが……聞くまでも無いよな?」
「勿論ですわ。だとしたら、私はここにいませんから。それに……」
「俺からのプロポーズも受けたりしないよな?」
「そういうことです」
笑顔を見せるイレーネ。
「だよな?」
そっとイレーネの頬に手を添えるルシアンにイレーネは頷き……2人は再びキスを交わした――
****
そして半年後――
ルシアンとイレーネは大勢の人々に囲まれ、盛大な結婚式を挙げた。
ゴーン
ゴーン
ゴーン……
教会の鐘が鳴り響く中、人々に見守られながら永遠の愛を誓う2人。
「愛しているよ、イレーネ」
ウェディングドレス姿の美しい花嫁となったイレーネにルシアンは愛を告げる。
「私もです。ルシアン様」
青空の元で、キスを交わす2人を大勢の人々が拍手で祝う。
その中には苦笑いしたベアトリスやゲオルグ。
それにケヴィンの姿があったのは……言うまでもない。
――その後
時は流れ……2人は子沢山に恵まれた。
そしてマイスター家は益々発展し、歴史にその名を刻みつけるのだった――
<完>