はじめまして、期間限定のお飾り妻です

28話 幼馴染と婚約者候補

 汽車に乗って3時間後――

『コルト』の駅に降り立ったイレーネ。

「今の時刻は13時半ね……ルノーは弁護士事務所にいるかしら?」

イレーネは屋敷を処分する法的手続きをルノーに頼もうと考えていたのだ。

「ルノーがいなくても、誰かしらいるかもしれないものね。とりあえず訪ねてみましょう」

そしてイレーネは豆が出来た足を引きずるように、ルノーが勤務する弁護士事務所に向かった――


****


 駅から大通りを歩いて10分程の場所にルノーが勤務する弁護士事務所はあった。
イレーネは扉の前に立つと、早速ノックをした。

――コンコン

「はい、どちら様でしょうか? え!? イレーネ!?」

扉を開いたのは偶然にもルノーだった。

「まぁ、ルノー。丁度良かったわ。あなたに頼みたいことがあったのよ」

笑みを浮かべる。

「イレーネ、な、何故ここに……!? いや、それよりも一体昨日はどうしたんだ? 仕事の終わった後、君の家に行っても留守だったじゃないか。あのとき、どれだけ俺が驚いたと思っているんだ?」

ルノーは余程心配していたのか、矢継ぎ早に質問してくる。

「待って、落ち着いてちょうだい。ルノー、実はあなたにお願いしたいことがあるのよ」

「お願い? 俺に?」

「ええ、実は……」

その時――

「ルノー。誰かお客様なの?」

部屋の奥で声が聞こえ、ウェーブのかかったブラウンの髪の若い女性が現れた。

「あ! クララ……」

ルノーがうろたえた様子で女性の名を呼ぶ。クララと呼ばれた女性はイレーネを見ると眉を潜めて話しかけてきた。

「あの、失礼ですがどちら様ですか? ここはジョンソン弁護士事務所ですけど? お客様でしょうか?」

「い、いや。彼女は……客ではなく……」

「はい、客です。本日は幼馴染のルノーに用事があって、訪ねました」

言葉を濁すルノーに代わり、イレーネが返事をする。

「え……? 幼馴染……? まさか、あなたはイレーネ・シエラ様ですか?」

「はい、そうです。もしかしてルノーから私の話を聞いているのですか?」

笑顔でクララに尋ねるイレーネ。

「ええ、少しだけなら。……そうですか。あなたがあの、イレーネ様なのですね。それで、一体今日はルノーに何の用があるのですか?」

「はい、それは……」

そこへルノーが二人の間に割って入ってきた。

「イレーネ、実は今急ぎの仕事で忙しいんだ。また今度にしてもらってもいいかな?」

そして素早く目配せする。イレーネはその意味を汲み取った。

「分かったわ。忙しいところ、お邪魔してごめんなさい。それでは失礼致します」

「え? ちょ、ちょっと……」

引き留めようとするクララにルノーは声をかける。

「クララ、喉が渇いたから紅茶を淹れてもらえるかな? 君の淹れてくれる紅茶は美味しいからね」

「わ、分かったわ……ルノー。すぐに淹れるわね」

返事をするクララは頬を赤く染め、紅茶を入れるために部屋の奥へ戻っていった。
その後姿を見届けたルノーは素早くイレーネに話しかけてきた。

「仕事が終わったら、家に行くから待っていてくれ」

「ええ、待っているわ。それじゃまたね」

「ああ、待っていてくれ」


弁護士事務所を後にすると笑みを浮かべるイレーネ。

「あの方がクララさんだったのね……可愛らしい方だったわ。ルノーとお似合いね。二人の仲がうまくいくように応援しなくちゃ」

残念なことに、イレーネはルノーの気持ちに全く気付いていなかったのだ――


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