はじめまして、期間限定のお飾り妻です

56話 渦中の人

 10時半――

「どうもありがとうございました」

イレーネは、マダム・ヴィクトリアの荷物を部屋まで運んでくれた2人の男性店員にお礼を述べる。
彼らはルシアンとリカルドが屋敷を出たのと、入れ替わるように商品を届けに訪れたのだ。

「いいえ。それではこれからもまた当店をご贔屓にお願いいたします」

「いつでもご来店、お待ちしておりますね」

男性店員達は笑顔で挨拶する。

「はい、こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」

イレーネも丁寧に挨拶を返すと、店員たちはお辞儀をすると部屋を出て行った。


――パタン

扉が閉ざされ、部屋にひとりになるとイレーネはテーブルの上を見た。
そこには先程届けられた品物が入った箱や紙袋が全部で10個ほど乗っている。

「さて、それでは品物の整理を始めようかしら」

イレーネは腕まくりをすると、すぐに荷物を解き始めた――



****

ボーンボーンボーン

12時を告げる鐘が部屋に鳴り響く頃、ようやくイレーネは荷物整理を終えた。

「ふぅ……すごい量だったわ。こんなに沢山買い物をしたことなど無かったものね。それにしても、時間が経つのは早いのね。もう12時だなんて」

その時――

キュルルルル……

イレーネのお腹から小さな音が鳴る。

「そう言えば、お昼の食事はどうなってるのかしら……? 私は頂くことが出来るのかしら?」

使用人の手伝いを断っているイレーネ。リカルドが不在の時は食事が提供されるのかどうかが不明だった。貴族令嬢ながら、貧しい生活をしていたイレーネは使用人に頼み事をするという考えが念頭に無かったのである。

「お昼を出して下さいとお願いするのは図々しいわよね……かと言って厨房を借りるのもおかしな話かもしれないし……。それなら外食に行きましょう」

幸い、イレーネには前払いしてもらった給金がある。

「早速出かけましょう。ついでに生地屋さんを見てきましょう」

イレーネは外出の準備を始めた――


****

 
一方、その頃厨房では使用人たちが集まり、揉めていた。

「だから、私がイレーネ様の食事を届けに行くって言ってるでしょう!?」

1人のメイドが金切り声を出す。

「いや! 俺だ! 俺がイレーネ様の食事を届ける!」

フットマンが喚く。

「何言ってるんだ!? お前は今日は薪割りの仕事だっただろう? 俺が行く!」

「そっちこそ、何言ってるのよ! 中庭の掃除、終わってないでしょう? 私が行くのよ!」

実に10人近くの使用人たちが集まり、誰がイレーネの食事を届けに行くかで揉めていたのだ。

すると……。

「お前たち! いい加減にしろ! 俺の作った折角の料理が冷めてしまうだろう? もういい! 俺が代わりに届けに行く!」

ついに見かねた料理長が怒鳴り声をあげ、彼が自分でイレーネに食事を届けに行くことを名乗り出たのだ。

勿論、揉めていた使用人たちは悔しがった。

そしてイレーネが外食に出かけてしまったことを知る使用人も1人もいないのは言うまでも無かった――
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