はじめまして、期間限定のお飾り妻です

57話 意外な場所で

――13時過ぎ

イレーネは青年警察官に案内されたパン屋の前に立っていた。色々食事処を探し回ったのだが、『コルト』の町に比べて割高だった。
そこで、パン屋でパンを買うことにしたのだ。

「確かこのパン屋さんでは飲み物も売っていたし、店内にはカウンター席もあったわよね」

自分に言い聞かせると、イレーネはパン屋の扉を開けた――


「あの、お隣の席よろしいでしょうか?」

バゲットサンドとホットコーヒーが乗ったトレーを手にしたイレーネ。
壁際に一つだけ空いていたカウンター席を見つけ、隣に座っていたジャケット姿の青年に声をかけた。

「ええ、どうぞ」

青年はイレーネの方を向き、返事をする。

「ありがとうございます」

お礼を述べると、イレーネは早速カウンター席に着席してバゲットサンドを口にした。

(フフフ……やっぱりここのパン屋さんはとても美味しいわね。路地裏にあるのに、こんなに美味しい店があるなんて……ここは穴場ね)

そんなことを考えながらバゲットサンドを食べていると、不意に隣の青年から声をかけられた。

「あの……すみません」

「はい?」

口の中のパンを飲み込むと、イレーネは返事をして振り向いた。すると、その青年は何故かじっとイレーネを見つめている。

「あの……? 何か?」

「い、いえ。ひょっとすると……マイスター家に案内した方ではないかと思いまして。そうですよね? 僕のこと、分かりますか?」

「え……?」

イレーネは青年を凝視し……思い出した。

「あ! あなたは……お巡りさん!?」

「ええ、そうです。良かった、人違いじゃなくて」

そして笑みを浮かべる。

「申し訳ございません、気づくのが遅れてしまいました。その節は大変お世話になりました」

「いえ、制服を着ていないですからね……気付かなくても当然ですよ」

青年は恥ずかしそうに笑う。

「そういえば、お巡りさん。本日は制服を着ていらっしゃらないのですね?」

「ええ。今日は非番なんです。それで食事をしに、この店に来ていたんですよ」

青年のテーブルにはトレーに乗ったコーヒーと、空の皿が置かれている。

「そうだったのですね。ここのパン屋さんはとても美味しいですから。それで私も食事に来たのです。でもまさかお巡りさんにお会いするとは思いませんでした」

すると、青年はためらいがちに言った。

「あの……今日は非番なので……その、『お巡りさん』と言うのは……どうぞケヴィンと呼んで下さい」

「ケヴィンさん……ですか?」

「ええ、お願いします。それで、あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「私はイレーネと申します」

「イレーネさん……うん、素敵な名前だ。あなたにぴったりですね」

その言葉を素直に受け取るイレーネ。

「ありがとうございます、この名前は両親がまる1日考えて付けてくれた名前なのです。とても気に入っています」

亡くなった両親から残されたのは名前くらいだった。だからイレーネはこの名前をとても大切に思っているのだ。

「なるほど、そうだったのですね」

うなずくケヴィンを見て、イレーネは良い考えが浮かんだ。

「あの、ケヴィンさん。お願いがあります!」

イレーネは目をキラキラさせながらケヴィンを見つめた――




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