はじめまして、期間限定のお飾り妻です
58話 騒ぎ、そして沈下
「イレーネさん、こちらが布地屋さんですよ」
先程のパン屋から5分程歩いた先にある、店の一角でケヴィンは足を止めた。
オレンジ色のレンガ造りの建物の窓からは沢山の生地が反物として売られている様子が見える。
「まぁ、何て種類が豊富なのでしょう。『コルト』の店とは大違いだわ」
窓から店内を覗き込むイレーネ。その様子を微笑ましげにケヴィンは見つめている。
「ケヴィンさん。折角お仕事がお休みなのに、道案内までしていただいてありがとうございます」
ケヴィンを振り返ると、イレーネは笑顔で感謝の言葉を述べた。
「いいえ、これくらい警察の仕事とは関係ありませんよ。それにここまで来る道のり、色々お話ができて楽しかったです」
「こちらこそ商店街のお店を色々教えてくださり感謝しております」
「では、僕はそろそろこの辺で失礼しますが……帰りの道は分かりますか?」
少しだけ心配そうに尋ねるケヴィンにイレーネは元気よく答える。
「ええ、勿論大丈夫です。こう見えても、歩くのには慣れているので道を覚えるのは得意なのですよ?」
「そういえば、初めて会ったときもマイスター家まで歩いて行こうとしていましたね?」
「そうでしたね。でも御安心下さい、今は辻馬車を使用しておりますので。でも、いつでも歩く覚悟はできていますから」
胸を張って答えるイレーネにケヴィンはクスクスと笑う。
「……本当に、あなたは面白い方ですね。それなら大丈夫そうですね。では失礼します」
「はい、ケヴィンさん」
ケヴィンは踵を返し、数歩歩いたところで振り返った。
「イレーネさん」
「はい?」
「……また何か困ったことがあれば、交番でお待ちしておりますね」
「分かりました、ありがとうございます」
笑顔で手を振るイレーネに、ケヴィンは少しだけ口元に笑みを浮かべると帰っていった。
「フフフ……どんな生地が売られているのかしら?」
ケヴィンを見送ると、イレーネはウキウキしながら店の扉を開けた――
****
その頃、マイスター家では――
「こうなったのはお前たちのせいだぞ!」
主不在の厨房に料理長の怒声が響き渡る。そして、シュンと俯く十数人の使用人たち。
「お前たちがさっさとイレーネ様に食事を提供しないから、何処かへ出かけられたのだ。こんなことがルシアン様の耳に触れたらどうする! 俺だって叱責されてしまうだろう!」
「申し訳ありません……」
「私たちのせいで、すみません……」
次々と謝罪する使用人たち。
「全く……折角の料理が冷めてしまった……」
ため息をつく料理長。
「いなくなられたのは仕方無いな……料理が勿体ないから皆で食べよう」
『はい!!』
一斉にうなずく使用人たち。
噂話でイレーネの逞しさを知る彼らは、きっとあの方なら心配しなくても大丈夫だろうという考えが早くも根付いていたのだった。
勿論、外出中のルシアンとリカルドは今回の一件を知る由も無かった――
先程のパン屋から5分程歩いた先にある、店の一角でケヴィンは足を止めた。
オレンジ色のレンガ造りの建物の窓からは沢山の生地が反物として売られている様子が見える。
「まぁ、何て種類が豊富なのでしょう。『コルト』の店とは大違いだわ」
窓から店内を覗き込むイレーネ。その様子を微笑ましげにケヴィンは見つめている。
「ケヴィンさん。折角お仕事がお休みなのに、道案内までしていただいてありがとうございます」
ケヴィンを振り返ると、イレーネは笑顔で感謝の言葉を述べた。
「いいえ、これくらい警察の仕事とは関係ありませんよ。それにここまで来る道のり、色々お話ができて楽しかったです」
「こちらこそ商店街のお店を色々教えてくださり感謝しております」
「では、僕はそろそろこの辺で失礼しますが……帰りの道は分かりますか?」
少しだけ心配そうに尋ねるケヴィンにイレーネは元気よく答える。
「ええ、勿論大丈夫です。こう見えても、歩くのには慣れているので道を覚えるのは得意なのですよ?」
「そういえば、初めて会ったときもマイスター家まで歩いて行こうとしていましたね?」
「そうでしたね。でも御安心下さい、今は辻馬車を使用しておりますので。でも、いつでも歩く覚悟はできていますから」
胸を張って答えるイレーネにケヴィンはクスクスと笑う。
「……本当に、あなたは面白い方ですね。それなら大丈夫そうですね。では失礼します」
「はい、ケヴィンさん」
ケヴィンは踵を返し、数歩歩いたところで振り返った。
「イレーネさん」
「はい?」
「……また何か困ったことがあれば、交番でお待ちしておりますね」
「分かりました、ありがとうございます」
笑顔で手を振るイレーネに、ケヴィンは少しだけ口元に笑みを浮かべると帰っていった。
「フフフ……どんな生地が売られているのかしら?」
ケヴィンを見送ると、イレーネはウキウキしながら店の扉を開けた――
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その頃、マイスター家では――
「こうなったのはお前たちのせいだぞ!」
主不在の厨房に料理長の怒声が響き渡る。そして、シュンと俯く十数人の使用人たち。
「お前たちがさっさとイレーネ様に食事を提供しないから、何処かへ出かけられたのだ。こんなことがルシアン様の耳に触れたらどうする! 俺だって叱責されてしまうだろう!」
「申し訳ありません……」
「私たちのせいで、すみません……」
次々と謝罪する使用人たち。
「全く……折角の料理が冷めてしまった……」
ため息をつく料理長。
「いなくなられたのは仕方無いな……料理が勿体ないから皆で食べよう」
『はい!!』
一斉にうなずく使用人たち。
噂話でイレーネの逞しさを知る彼らは、きっとあの方なら心配しなくても大丈夫だろうという考えが早くも根付いていたのだった。
勿論、外出中のルシアンとリカルドは今回の一件を知る由も無かった――