はじめまして、期間限定のお飾り妻です
7話 マイスター家到着
「こちらですよ。マイスター家の邸宅は」
イレーネに声をかける青年警察官。
「ここが……そうなのですか?」
馬に乗ったまま、目の前に広がる光景にイレーネは目を見開いた。
「ええ、そうです」
警察官は馬から降りると、イレーネに手を差し伸べてきた。
「さ、降りましょうか?」
「恐れ入ります」
イレーネは警察官の手を借りて、馬から降りると改めてマイスター伯爵邸を見つめた。石の壁がどこまでも続きそうな門。フェンスの扉の奥は綺麗に芝生が刈り取られた広大な敷地。馬車が通るための石畳が続く先に見えるのは三階建ての大きな屋敷が建っている。
「すごい……なんて立派なお屋敷なのかしら。以前働いていたエステバン家よりもずっと大きいわ」
思わず口に出ていた。
「ええ、何しろマイスター伯爵家はここ、『デリア』でも名家ですからね。何でも近々、当主交代をすると広報誌に載っていましたよ」
「そうだったのですか」
(それでは、これから新しい当主になる方が雇い主になるのね)
そんなことを考えていると、警察官が声をかけてきた。
「それでは、私はここで失礼します。まだ仕事中ですから」
「お巡りさん、本当にお世話になりました」
「いえ。お役に立てて良かったです」
そして再び青年警察官は馬にまたがると、手を振って去って行った。
「ありがとうございました」
イレーネも手を振って見送る。やがて、警察官の姿が見えなくなると門を振り返った。
「こんな大きなお屋敷で、私のような田舎者が雇ってもらえるかしら? 心配だわ……いいえ、そんな弱気な事を言っては駄目よ。何しろここで雇ってもらえなければ私は最悪、宿無しになってしまうかもしれないわ。ここは堂々としていないと駄目よね!」
自分自身に言い聞かせると、イレーネは背筋を伸ばす。
そして門を開けてマイスター伯爵家の敷地に足を踏み入れた――
***
現在マイスター家の執事を務めるリカルド・エイデンは、今大変困った状況に置かれていた。
何故なら、それは……
「ですから何度も申し上げたとおり、ルシアン様はまだお仕事から戻られていないのです。どうぞお引き取り願います」
リカルドは応接間のソファに居座っている女性に、必死で訴えている。
「いやよ! そんなこと言って、もう何日もルシアン様にお会いできていないわ。私に会わせないために嘘をついているのでしょう?」
そして女性は腕組みすると、フンとそっぽを向いた。
彼女の名前はブリジット・ダントン伯爵令嬢。情熱的な赤い髪に、アンバーの瞳。鮮やかなバラ模様ドレスに身を包んだ現在19歳のうら若き女性。
偶然出会った社交パーティーでルシアンに一目惚れし、それ以来彼にしつこくつきまとっているのであった。
「いいえ、嘘などついておりません。現在仕事で外国に出張中でして、お戻りはいつになるかは不明です」
出張中というのは嘘ではあるが、現に今この屋敷に不在なのは確かである。
「いいえ! そんな嘘信じるとでも思っているの? とにかく今日は帰って来られるまでお待ちいたしますから!」
我儘に育てられた頑固な娘は意地でも自分の意見を通そうとする。
「そのような態度をとられてよろしいのですか? ルシアン様は女性からしつこくされるのが嫌いな方です。それにいつこちらに戻られるのか、我々も分からないのですよ? ブリジット様はすでに5日間、ここへ通われている為に最近ピアノのレッスンもダンスのレッスンも欠席されているそうではありませんか? ダンストン伯爵家から、そう伺っておりますが?」
「う……そ、それは……」
恋い焦がれる相手から軽蔑されたり、嫌われることだけは避けたい。
そこでブリジットは押し黙ると立ち上がった。
「それでは、本日はお暇させて頂きます。ですが、ルシアン様に伝えておいて下さいね。私と会うお時間を作ってくださいと。当然用件は御存知でしょうから」
「はい、伝えておきます。それではエントランスまで御案内させて頂きます」
「ええ、お願い」
(やれやれ、ようやくお帰り頂ける……)
心の中で安堵のため息をつきながら、リカルドはブリジットを連れてエントランスまで案内した――
イレーネに声をかける青年警察官。
「ここが……そうなのですか?」
馬に乗ったまま、目の前に広がる光景にイレーネは目を見開いた。
「ええ、そうです」
警察官は馬から降りると、イレーネに手を差し伸べてきた。
「さ、降りましょうか?」
「恐れ入ります」
イレーネは警察官の手を借りて、馬から降りると改めてマイスター伯爵邸を見つめた。石の壁がどこまでも続きそうな門。フェンスの扉の奥は綺麗に芝生が刈り取られた広大な敷地。馬車が通るための石畳が続く先に見えるのは三階建ての大きな屋敷が建っている。
「すごい……なんて立派なお屋敷なのかしら。以前働いていたエステバン家よりもずっと大きいわ」
思わず口に出ていた。
「ええ、何しろマイスター伯爵家はここ、『デリア』でも名家ですからね。何でも近々、当主交代をすると広報誌に載っていましたよ」
「そうだったのですか」
(それでは、これから新しい当主になる方が雇い主になるのね)
そんなことを考えていると、警察官が声をかけてきた。
「それでは、私はここで失礼します。まだ仕事中ですから」
「お巡りさん、本当にお世話になりました」
「いえ。お役に立てて良かったです」
そして再び青年警察官は馬にまたがると、手を振って去って行った。
「ありがとうございました」
イレーネも手を振って見送る。やがて、警察官の姿が見えなくなると門を振り返った。
「こんな大きなお屋敷で、私のような田舎者が雇ってもらえるかしら? 心配だわ……いいえ、そんな弱気な事を言っては駄目よ。何しろここで雇ってもらえなければ私は最悪、宿無しになってしまうかもしれないわ。ここは堂々としていないと駄目よね!」
自分自身に言い聞かせると、イレーネは背筋を伸ばす。
そして門を開けてマイスター伯爵家の敷地に足を踏み入れた――
***
現在マイスター家の執事を務めるリカルド・エイデンは、今大変困った状況に置かれていた。
何故なら、それは……
「ですから何度も申し上げたとおり、ルシアン様はまだお仕事から戻られていないのです。どうぞお引き取り願います」
リカルドは応接間のソファに居座っている女性に、必死で訴えている。
「いやよ! そんなこと言って、もう何日もルシアン様にお会いできていないわ。私に会わせないために嘘をついているのでしょう?」
そして女性は腕組みすると、フンとそっぽを向いた。
彼女の名前はブリジット・ダントン伯爵令嬢。情熱的な赤い髪に、アンバーの瞳。鮮やかなバラ模様ドレスに身を包んだ現在19歳のうら若き女性。
偶然出会った社交パーティーでルシアンに一目惚れし、それ以来彼にしつこくつきまとっているのであった。
「いいえ、嘘などついておりません。現在仕事で外国に出張中でして、お戻りはいつになるかは不明です」
出張中というのは嘘ではあるが、現に今この屋敷に不在なのは確かである。
「いいえ! そんな嘘信じるとでも思っているの? とにかく今日は帰って来られるまでお待ちいたしますから!」
我儘に育てられた頑固な娘は意地でも自分の意見を通そうとする。
「そのような態度をとられてよろしいのですか? ルシアン様は女性からしつこくされるのが嫌いな方です。それにいつこちらに戻られるのか、我々も分からないのですよ? ブリジット様はすでに5日間、ここへ通われている為に最近ピアノのレッスンもダンスのレッスンも欠席されているそうではありませんか? ダンストン伯爵家から、そう伺っておりますが?」
「う……そ、それは……」
恋い焦がれる相手から軽蔑されたり、嫌われることだけは避けたい。
そこでブリジットは押し黙ると立ち上がった。
「それでは、本日はお暇させて頂きます。ですが、ルシアン様に伝えておいて下さいね。私と会うお時間を作ってくださいと。当然用件は御存知でしょうから」
「はい、伝えておきます。それではエントランスまで御案内させて頂きます」
「ええ、お願い」
(やれやれ、ようやくお帰り頂ける……)
心の中で安堵のため息をつきながら、リカルドはブリジットを連れてエントランスまで案内した――