はじめまして、期間限定のお飾り妻です
74話 鈍い女
17時――
「ええっ!? そ、そんなことがあったのですか!?」
書斎にリカルドの声が響き渡る。
「ああ……そうなんだ。全くいやになってしまう……あのウェイターのせいで最悪だ……。まさかイレーネの前でベアトリーチェの名前を口にするとは思わなかった」
すっかり疲れ切った様子のルシアンが書斎机に向かって頭を抱えてため息をつく。
「そ、それでイレーネさんの様子はどうでしたか?」
リカルドが話の続きを促す。
「……別に」
「は? 別にとは?」
「全く気にした様子は無かった」
「そうなのですか!?」
「ああ、それどころか微塵も興味が無い様子だった。このお店はお昼を過ぎているのに盛況ですねとか、祖父の話とか……世間話ばかりだった」
「なるほど、それなら良かったではありませんか」
笑顔になるリカルド。
だが、やはりルシアンは良い気分では無い。
(ヴェアトリーチェのことを気にしないのは助かったが……それはそれで面白くない。イレーネは俺個人に全く興味が無いということなのか?)
そんなことを考えながらルシアンは面白くなさそうに自分の考えを口にした。
「……だが、もうあの店には当分行かない。接待でも利用するのはやめよう。……気まずくて仕方が無いからな」
「はい、了解致しました」
「あと、厨房に伝えてくれ。昼食を食べた時間が遅かったので、イレーネの今夜の食事はいらないと」
「そうなのですか?」
ルシアンがその言葉に目を見開く。
「ああ。イレーネ本人がそう話していたのだ。……彼女は随分少食だな。あんなに痩せているのだから、もっと食事をするべきなのに……」
ため息をつくルシアンを見てリカルドは思った。
(ルシアン様はイレーネさんのことが随分気がかりのようだ)
と――
****
――21時
イレーネが部屋で洋裁をしていると、不意に扉のノック音が響き渡った。
「はい、どちらさまですか?」
扉を開けると、ワゴンを押したリカルドが立っていた。
「まぁ、リカルド様ではありませんか」
「イレーネさん、お夜食を運んでまいりました。よろしければいかがですか?」
「お夜食ですか?」
「はい、ルシアン様が念のため用意するように仰ったのです」
ワゴンの上にはティーセットにサンドイッチが乗っている。
「そうですね。では折角なので頂きます」
「では失礼致します」
ルシアンはワゴンを押しながら部屋に入ると、テーブルの上にお茶とサンドイッチを置き……ふと、今日の出来事を尋ねてみたくなった。
「イレーネさん。本日のルシアン様とのお出かけ……いかがでしたか?」
「はい。色々な洋品店を周って、沢山ドレスを買って頂きました。とても楽しかったです。ルシアン様には本当に感謝しております」
「楽しかったのですか? それは何よりです」
自分のことのように喜ぶリカルド。
「ええ、ルシアン様も楽しそうに見えたのですが……何故か途中から元気を無くしてしまわれたのです」
「え……? ま、まさかそれは……」
「はい。レストランに入ってすぐのことなのですが、ウェイターに私が誰かと勘違いされてから顔色が真っ青になって……」
「あ、あのですね。イレーネ様。それは……」
そこでリカルドは言葉を切る。
(どうしよう、これはルシアン様のプライベートな話だ。しかもこの件に関しては、触れることすら嫌がっているのに……)
「ルシアン様は……体調を崩されてしまったのかしら」
「へ?」
イレーネの見当違いの考えに思わず間の抜けた声がリカルドの口から飛び出す。
「お食事もあまり喉を通っていなかったようですし……お疲れだったのに、無理に私の買い物に付き合って下さったのかも。今後は私の為に無理されないように伝えておいて下さい」
「は、はい! そうですね。ルシアン様にのように伝えておきますね!」
(良かった……イレーネさんが非常に鈍い女性で……)
リカルドは心の中で安堵するのだった――
「ええっ!? そ、そんなことがあったのですか!?」
書斎にリカルドの声が響き渡る。
「ああ……そうなんだ。全くいやになってしまう……あのウェイターのせいで最悪だ……。まさかイレーネの前でベアトリーチェの名前を口にするとは思わなかった」
すっかり疲れ切った様子のルシアンが書斎机に向かって頭を抱えてため息をつく。
「そ、それでイレーネさんの様子はどうでしたか?」
リカルドが話の続きを促す。
「……別に」
「は? 別にとは?」
「全く気にした様子は無かった」
「そうなのですか!?」
「ああ、それどころか微塵も興味が無い様子だった。このお店はお昼を過ぎているのに盛況ですねとか、祖父の話とか……世間話ばかりだった」
「なるほど、それなら良かったではありませんか」
笑顔になるリカルド。
だが、やはりルシアンは良い気分では無い。
(ヴェアトリーチェのことを気にしないのは助かったが……それはそれで面白くない。イレーネは俺個人に全く興味が無いということなのか?)
そんなことを考えながらルシアンは面白くなさそうに自分の考えを口にした。
「……だが、もうあの店には当分行かない。接待でも利用するのはやめよう。……気まずくて仕方が無いからな」
「はい、了解致しました」
「あと、厨房に伝えてくれ。昼食を食べた時間が遅かったので、イレーネの今夜の食事はいらないと」
「そうなのですか?」
ルシアンがその言葉に目を見開く。
「ああ。イレーネ本人がそう話していたのだ。……彼女は随分少食だな。あんなに痩せているのだから、もっと食事をするべきなのに……」
ため息をつくルシアンを見てリカルドは思った。
(ルシアン様はイレーネさんのことが随分気がかりのようだ)
と――
****
――21時
イレーネが部屋で洋裁をしていると、不意に扉のノック音が響き渡った。
「はい、どちらさまですか?」
扉を開けると、ワゴンを押したリカルドが立っていた。
「まぁ、リカルド様ではありませんか」
「イレーネさん、お夜食を運んでまいりました。よろしければいかがですか?」
「お夜食ですか?」
「はい、ルシアン様が念のため用意するように仰ったのです」
ワゴンの上にはティーセットにサンドイッチが乗っている。
「そうですね。では折角なので頂きます」
「では失礼致します」
ルシアンはワゴンを押しながら部屋に入ると、テーブルの上にお茶とサンドイッチを置き……ふと、今日の出来事を尋ねてみたくなった。
「イレーネさん。本日のルシアン様とのお出かけ……いかがでしたか?」
「はい。色々な洋品店を周って、沢山ドレスを買って頂きました。とても楽しかったです。ルシアン様には本当に感謝しております」
「楽しかったのですか? それは何よりです」
自分のことのように喜ぶリカルド。
「ええ、ルシアン様も楽しそうに見えたのですが……何故か途中から元気を無くしてしまわれたのです」
「え……? ま、まさかそれは……」
「はい。レストランに入ってすぐのことなのですが、ウェイターに私が誰かと勘違いされてから顔色が真っ青になって……」
「あ、あのですね。イレーネ様。それは……」
そこでリカルドは言葉を切る。
(どうしよう、これはルシアン様のプライベートな話だ。しかもこの件に関しては、触れることすら嫌がっているのに……)
「ルシアン様は……体調を崩されてしまったのかしら」
「へ?」
イレーネの見当違いの考えに思わず間の抜けた声がリカルドの口から飛び出す。
「お食事もあまり喉を通っていなかったようですし……お疲れだったのに、無理に私の買い物に付き合って下さったのかも。今後は私の為に無理されないように伝えておいて下さい」
「は、はい! そうですね。ルシアン様にのように伝えておきますね!」
(良かった……イレーネさんが非常に鈍い女性で……)
リカルドは心の中で安堵するのだった――