はじめまして、期間限定のお飾り妻です

78話 昨夜のことは

――翌朝

「今朝も素晴らしく良い天気ですね」

食堂車両で朝食をとりながら、笑顔でイレーネがルシアンに話しかける。

「……ああ、そうだな」

眠気を殺しながらルシアンがコーヒーを口にし……チラリとイレーネを見る。

(昨夜のアレは俺の見間違いだったのか? イレーネはいつもと全く変わった様子は見られないしな……)

「ルシアン様? どうかされましたか? 私の顔に何かついています?」

キョトンとした顔で首を少しだけ傾けるイレーネ。

「い、いや。何でも無い……フワ……」

危うく欠伸が出そうになり、必死で耐えるルシアン。

「何だか眠そうですね? もしかして寝不足ですか?」

「大丈夫だ、気にしないでくれ」

けれど、ルシアンが一睡も出来なかったのは事実だった。

「あ、分かりました!」

イレーネが少しだけ身を乗り出す。

「わ、分かった? 何がだ?」

(まさか、昨夜のことを言い出すつもりじゃないだろうな……? いや、いくら何でもそれはないだろう。誰だって人に知られたくないことの一つや2つ持ち合わせているものなのだから)

イレーネがじっと見つめる。

「ルシアン様。さては……」

「さ、さては……?」

ゴクリと息を呑むルシアン。

「寝台列車の旅が嬉しくて眠れなかったのではありませか?」

「は?」

思いもしない言葉をかけられ、間の抜けた声を出す。

「ええ、その気持良く分かります。かくいう私も昨夜は興奮して中々眠ることが出来ませんでした。羊の数を1352匹まで数えたところまでは記憶しているのですけど、そこから先は眠ってしまったようなのです。いつもなら500匹以内には眠りについていたのですけど」

ペラペラと笑顔で話すイレーネを見ていると、ルシアンは自分が思い悩んでいたことが馬鹿馬鹿しく思えてきた。

(一体何なんだ? 昨夜俺は見慣れないイレーネの泣き顔を見たせいで一睡も出来なかったというのに……だが、敢えて彼女は気丈に振る舞っているだけなのかもしれない。うん、きっとそうに違いない)

そんなことを考えていた時。

「そう言えばルシアン様。昨夜私……お祖父様が亡くなったときの夢を見てしまったのです」

「え!?」

驚きでルシアンの肩が跳ねる。

「久しぶりでしたわ……お祖父様が亡くなったときの夢を見てしまうなんて。恥ずかしいことに、夢の中で子供のように泣いてしまいましたわ。どうしてあんな夢を見てしまったのかしら……?」

首を傾げながらベーコンを切り分けているイレーネ。

「あ、ああ……ま、まぁそんなこともあるだろう。俺だって両親を亡くしているからな。偶に夢に出てくることだってある」

さり気なく口にし……自分がとんでもないことを口にしたことに気づいた。

(しまった! 思わず口に出してしまった!)

焦るルシアンに対し、イレーネは途端に笑顔になる。

「そうだったのですね? 私だけかと思っておりました。ですが、ルシアン様も御両親を亡くされていたのですね。私たち、似た者同士ですわね」

「あ、ああ。そうだな……」

引きつった笑みを浮かべるルシアン。

(な、何故俺までこんな話を彼女にしてしまっているんだ!? 駄目だ……イレーネと一緒にいると、どうにも調子が狂ってしまう……)

ルシアンは心のなかでため息をつくのだった――

< 78 / 152 >

この作品をシェア

pagetop