はじめまして、期間限定のお飾り妻です

95話 寂しがる人、待つ人々

 ゲオルグがマイスター伯爵に怒鳴られ、逃げるように城を去っていった翌日――

イレーネは馬車の前に立っていた。

「……本当にもう帰ってしまうのか? 寂しくなるのぉ……」

外までイレーネを見送りに出ていた伯爵が残念そうにしている。

「そう仰っていただけるなんて嬉しいです。けれど、お城の見学も十分させていただきましたし何よりルシアン様が待っているでしょうから。恐らく今頃私のことを心配していると思うのです」

(きっとルシアン様は私が伯爵様と良い関係を築けているか心配しているはず。ゲオルグ様と伯爵様の会話の内容も報告しないと)

イレーネは使命感に燃えていた。しかし、内情を知らないマイスター伯爵は彼女の本当の胸の内を知らない。

「なるほど、そうか。2人の関係は良好ということの証だな。ルシアンもきっと、今頃イレーネ嬢の不在で寂しく思っているに違いない。なら、早く顔を見せてあげることだな」

「はい。早くルシアン様の元に戻って、安心させてあげたいのです」

勿論、これはイレーネの本心。何しろ、ルシアンを次期当主にさせる為の契約を結んでいるのだから。

「何と! そこまで2人は思い合っていたのか……これは引き止めて悪いことをしたかな? だが、この様子なら安心だ。ルシアンもようやく目が覚めたのだろう。どうかこれからもルシアンのことをよろしく頼む」

伯爵は笑顔でイレーネの肩をポンポンと叩く。

「ええ、お任せ下さい。伯爵様。自分の役割は心得ておりますので。それではそろそろ失礼致しますね」

イレーネは丁寧に挨拶すると、伯爵に見送られて城を後にした――



****


一方その頃「デリア」では――

「……またか……」

手紙の束を前に、ルシアンがため息をつく。

「また、イレーネさんからのお手紙を探しておられたのですか? ルシアン様」

紅茶を淹れていたリカルドが声をかける。

「い、いや! 違うぞ! と、取引先の会社からの報告書を探していたところだ!」

バサバサと手紙の束を片付けるルシアン。その様子を見たリカルドが肩をすくめる。

「全くルシアン様は素直になれない方ですね。正直にイレーネさんの手紙を待っていると仰っしゃればよいではありませんか? ……本当に、何故伯爵様はイレーネさんのことを教えてくださらないのでしょう……」

その言葉にルシアンは反応する。

「リカルド、お前まさかまた……祖父に電話を入れたのか?」

「ええ、入れましたよ? それが何か問題でも?」

しれっと答えるリカルド。

「お、おまえ! あれほど言っただろう!? 勝手に祖父に連絡を入れるなと! 俺がまるでお前に連絡を入れるように命じていると思われたらどうする!」

「おや? 良くお分かりになりましたね。ええ、確かにルシアン様の命令で電話をかけているとはお話しました。私が個人的に心配して電話をかけていると思われてもいけませんので」

「な、何だと……お、お前というやつは……」

リカルドのあまりの言い分に、ルシアンは思わず手元の書類をグシャリと握りしめたとき――


――コンコンコンコン!

せっかちに扉をノックする音が聞こえてきた。

「何でしょう? 騒がしいノック音ですね」

リカルドは扉を開けると、フットマンが息を切らせて立っていた。

「どうした? そんなに慌てて。 ハッ! ま、まさかイレーネから連絡があったのか!?」

椅子から立上るルシアン。

「い、いえ、違います! じ、実は……ブリジット様がお見えになっているんです」

「何だって? ブリジット嬢が来たのか? 俺は仕事でいないと伝えておけ!」

ブリジットが苦手なルシアンはフットマンに命じた。

「いいえ……実はイレーネ様にお会いにいらしたのです。数日前にイレーネ様からお手紙を頂いたらしくて」

「「手紙だって!?」」

ルシアンとリカルドが嫌な気分で声を揃えたのは言うまでも無かった――
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