ゆらりとときがきざむとき

【序幕】

 彼はジャズダンサーだった。

 指先にまで神経を集中させて、腕ともども優雅に伸ばす。天使の如く優雅に舞い踊るその姿は、手に届くようでいて届かない。

 悪魔のように囁きかける表情変化、妖精のような雰囲気を醸し出す抜群の笑みを浮かべながら、舞台の上で踊り続ける光景。

 そのステップの一つ一つが軽やかで、見るもの全てを魅了する魅惑の存在。

 御剣由良理は幼い頃、両親と一緒に行った近所のお祭りで、一人の少年に出会った。
 お祭りは盛大に行なわれており、様々な屋台の明かりが夜の暗闇を照らしている。由良理はたこやきを片手に持ち、お祭りが行なわれている公園の中心まで進むと、期間限定で作られた小さな舞台の前で足を止めた。

 少年は、舞台の上に立っていた。
 大勢の観客を前に、舞台にたった一人で佇む少年は、由良理と同じくらい幼く見えた。

 少年の姿に見とれていると、舞台に設置されてあった巨大なスピーカーから突如、音楽が流れ始める。すると、舞台の上に佇んでいた少年が、ゆっくりと両手を伸ばし、何かを表現するように舞い踊り始める。

 ――それは、一つの世界を作り上げようとしているように感じた。

 ダンスを踊ることによって、観客をダンスの世界へと招待する。音楽が流れている間だけの短い時間ではあったが、それはとても心地良く、それでいて興奮と羨望を由良理の心に刻み付けた。

 音楽が終焉を迎えると同時に、舞台の上で踊っていた少年は踊るのをやめてポーズを決めた。そのとき、舞台の真ん中で満面の笑顔を見せる少年の姿が、今でも由良理の心に強く強く印象に残っている。

 割れんばかりの大歓声が園内に響き渡る。普段は寂れた公園なのだが、今日この日だけは違っていた。たった一人の少年が舞い踊る。それだけで、たったそれだけのことで園内は終始歓声に包まれていた。

 舞台から下りてきた少年と目が合い、由良理はドキッとする。少年の方も由良理の視線に気づいたらしく、柔らかく微笑みかけてくれた。少年に見つめられ、由良理は胸が高鳴るのを感じた。

 何だろう、この気持ちは。何故、胸がドキドキしているんだろう。
 抑えきれないほど湧き起こる感情の波は、とても激しく舞い上がる。

 由良理はいつの間にか、自分の目の前に佇む少年の微笑み、そしてダンスに魅了されていたのかも知れない。

 その日以来、少年に出会うことは一度もなかったが、今でもよく覚えている。自分自身の持てる限りの力を存分に発揮し、観客全員を魅了するほどのダンスを踊りきった時の少年の満足そうな表情、そして自分に微笑みかけてくれた、あの柔らかな笑み。

 それは由良理にとって、幼き日の大事な思い出の一つとなった。決して忘れることのできない感情が、今でも心の奥底で波打つのを感じている。

 そう、それは初恋。
 由良理にとって、初めての恋だった――。
< 1 / 7 >

この作品をシェア

pagetop