お七~天涯の少女~
諭されるようなお七の言葉に、お美代はハッと気付いたように慌てて頭を下げた。

「そ、そうでございました。申し訳ございませぬ」

「分かればいいわ」

そうして、お七は下駄の音を響かせながら、和尚の誘導する本堂へと向かっていった。

「なんじゃお美代、何やらお七さまのお気に障ることでも申したのか」

ふと、傍らに、もう一人の使用人・お百合が立っている。口調は強いものの、それは14の頃から早30年もこの八百屋に仕えているお百合故。店内では密かに「大御所様」と称えられるほどの、貫禄と経歴の持ち主だった。

そんなお百合と言えども、女は女。噂話や色恋沙汰は気になるのである。

こっそりと耳打ちするようにささやかれたお美代は、その興味津々な素振りに、思わずふきだした。

「なんじゃ、お美代」

「お百合さまも、やはりおなごなのだなあと思いまして。いつもかようにもお強いお言葉をかけられているというのに、お百合さまご自身がこんなこと・・・」

「うるさいのう、お美代!そなた、新参者のくせにちと口がすぎるのではないか!?」

「おなごですもの。口うるさいのは生まれつきにございまする」

さて、と仕切りなおしと言わんばかりに大きく息を吸い込んだお美代は、お百合に向かって好奇心旺盛な目を向けた。

「実は先刻、あの寺小姓の中でも特に美しい顔をしていたお方と、お七さまが見つめあうておられたのです!」

「なんじゃと!?」

突然、お百合は大声を張り上げた。その顔は、真っ青に染まっている。

「ならぬ、ならぬ、断じてならぬ!お、お七さまが、寺小姓如き汚らわしい者と恋仲になるなど・・・絶対に、ならぬ!」

「そうでございましょう。江戸城下町でも名の知れた八百屋のお嬢様が、お寺の小姓という低い身分と結ばれることなどは、あり得ませんよねえ」

「そういうことではない!」

お美代ののほほんとした言葉に、お百合はますます声を荒らげる。

「そなた、本当に何も知らぬのじゃな。寺小姓の役目は、和尚さまの補佐だけではないのじゃぞ」

「して、そのお役目とは?」

全く危機感を感じさせないお美代の様子に、お百合はしびれを切らしたように眉を吊り上げ、耳元でささやいた。

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